春日神社・・・ 国の登録有形文化財に・・・二度目の参拝です!
訳は、末尾に・・・
・・・一ノ鳥居・・・
一ノ鳥居は遷宮当時より杉丸太ノ神宮?伊勢鳥居なりしも昭和三年四月二十一日石鳥居に改築せり・・案内板より
左下案内・・・祝、国の登録有形文化財!
来る平成二十八年十月、八五十年祭を挙行にあたり春日神社建築委員会を組織し本殿覆屋の改修工事など協議したと・・・
平成二十六年九月、完成と、ある
二ノ鳥居
由緒・・カナ混じりで、まして最上部が判読できない・・・頑張って読んでみました・・・
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祭神 八意思兼神 事代主神 紀貫之神
昔は、梅の宮と称したる 中古以来梅田春日と改号す
紀貫之ノ守護にして元天田郡細見庄中出村にあったのを、仁安元年(1166年)其の神体をこの地に遷し祭る
文化十四年春三月二十一日、六百五十年大祭が行われています
天保七年五月に社殿が焼失、弘化元年再建し同年四月七百年の祭典遂行す
明治六年十月村社に列せられる
大正七年四月二十一日七百五十年祭を執行せり・・・一部省略・・・
一ノ鳥居は遷宮当時より杉丸太ノ神宮?伊勢鳥居なりしも昭和三年四月二十一日石鳥居に改築せり
祭礼 例祭 十月二十一日 春祭 四月二十一日 |
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春日おどりは草山地区氏神春日神社に奉納されるおどりである
毎年、秋の春日神社秋期例祭に奉納されます。
氏子の子ども達が長襦袢に紺地の着物を着て、その着物を肌脱ぎにして垂らした服装で、境内に並べられた縁台の上で5色の御幣などを持って、大人が奏でる口上と囃子に合わせ、独特の踊りが奉納されます
歌詞は、鯉の滝登り、豊年踊り、兵庫くどき、忠臣蔵など15種あまりが伝えられています。
起源については明らかではありませんが、その歌詞などからして、江戸時代中期頃ではないかと考えられています |
平成26年完成の覆屋 その内にある本殿・・・ワクワクします
三間社流造、軒唐破風付で、庇は中柱を省き一間とする
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春日神社本殿
登録有形文化財 |
詳細が貼ってあります・・・大助かりです
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年代:弘化三年(1846年)
特徴・・・
山間の境内上段に西面する覆屋内に建つ
三間社流造、軒唐破風付で、庇は中柱を省き一間とする
三方に縁を廻らし、妻は二十虹梁の妻飾を受ける
彫刻は中井清治郎正用の作になり、向拝廻りの龍や鳳凰の濃密かつ躍動的な彫刻に彫物師中井家の作風を示す
備考・・・
建立年代は棟札による
覆屋は一部古材を再用して平成26年に再建
本郷春日おどり・・町指定民俗芸能
中井清治郎正用は六代権次正貞の弟
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圧巻です
うん! 中井権次の龍です
兎毛透・・・鳳凰
いいすね! 左、木鼻、持送りは牡丹か? 蟇股の獅子
左、木鼻、持送り、蟇股の獅子
手挟みと、海老虹梁・・
手挟み・・・生き生きしてます
左右脇障子
・・・物置にはしてほしくない・・・私感!
左前面より高欄下部
右後方より高欄下部
覆屋内からでは、この角度は、写真難しいですね・・
本殿裏の覆屋の壁にありました・・・
・・・百人一首とよめる字もありますが・・・詳細不明・・
中井清治郎正用・・刻銘 SONYーRX100では限度か? 悔しいね!
覆屋・・・右面 立派です!
社務所
前回の備忘録、弘誓寺から
真如寺妙見堂へ向かう折り県道97号から県道300号線へその途中西紀北小学校の側に鎮座しております故、参拝したということです
いや、前回の備忘録、弘誓寺の中井権次一統の作品も見事ですが、ここ、梅田春日神社も素晴らしいの一言ですね!
もう少し、いや、大勉強をして、作品がどの時代の誰の手で作成されたかまで、判別できればいいのですが・・・絶対、ダメやね!
もっと、神社建築、寺院建築にも、勉強しなければ・・・と、思いながら、唯々、作品を拝見するだけの私がいます・・・・まぁ、ええか!・・・ってね!
参拝日:2月26日
その真如寺妙見堂へ向かう時
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