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2016年3月24日

生野神社・・・中井権次一統の足跡を巡って・・・京都府福知山市三俣!

式内社、生野神社を訪ねます・・・中井権次一統の足跡です

生野の町、天神宮から、わずかなところ、土師川を渡り、上六人部小学校を目当てに進みます

生野は、昔山陰街道(京街道)の宿場町として栄え、百人一首で小式部内侍が「大江山生野の道の遠ければ まだふみも見ず天橋立」と詠んでいるのは有名です・・・天神宮でもご紹介・・

上六人部小学校‥現在、全校児童数50人(平成22年5月現在)少ないけど、この付近、景色を見渡せば、50人も小学校生がいてるのや!と、逆に思いましたね! 

生野神社・・・社叢が見えてきました・・・左手が、上六人部小学校です

境内入口、鳥居の右手に「式内生野神社」と刻まれた社号標があり、鳥居の左手に、由緒の案内板、その奥が手水舎・・・

延喜式・式内社 生野神社記 (御幣神社 みてぐらはん)
・・・延喜式 式内社とは・・・
延長五年(927年)藤原忠平によって調査され、延喜式目に選上登録された中央政府にも相当名の知られた神社のことで、当市内に四座ある

・・・祭神・・・
天鈿女命で平和な舞踏や音楽を愛好されると共に、九州から伊勢まで男神を無事送り届けられたという勇ましい女神様でもある

徳川時代の参勤交代には、当地方の領主綾部藩の九鬼氏をはじめ、福知山、舞鶴、宮津、峰山、豊岡、和田山等の大名が行列美々しく此の道を通る時は、必ず参拝して長途旅行の安全を祈願し、神前の榊の枝葉を戴いて御守とし、帰途これを返納したので以来、旅行、出張、転勤、外遊等の生活と道中安全の神様として有名である

・・・社殿・・・
慶長年間(1600)関ヶ原の戦の頃、社殿の改築があり、更に元禄年間(1700)忠臣蔵討入の頃、神祇管領より正一位を授けられているが社殿は後の山上にあった
明治六年(1873年)生野神社と改称、昭和四年(1929年)拝殿新築、昭和八年(1933年)社務所を建てた
・・・御幣神社・・・
鎌倉時代(1200年)から江戸末期(1800年)までは、みてぐらはんと称えていた
これは、綾部藩主九鬼氏が生野に倉庫を建て上納米を取立てていたが、毎年当神社へ御供米を奉献していたので、御幣(みてぐら)と呼ぶようになったという
祭日は 春季大祭四月十一日で、子供相撲や、剣道 大会が奉納され、秋季大祭は十月十日で市内随一の、重1125キロで、八十人の氏子が奉仕する金色燦然た る御神輿を、子供樽御神輿や御幣太鼓三基が綾部藩奉納の武具行列と共に、勇壮な奴毛槍道中が繰りひろげられるのも名高い
・・・氏子・・・
三俣、池田、堀越、正後寺、坂室の約250戸で、全地域を御神輿が巡行し、各区の御旅所で休憩するが、江戸中期には、下六人部学区の多保市の西和田ノ前という所に六メートル四方位の岩塚があり、その附近が、中六人部学区の一宮神社の御神輿を、上六人部学 区の御幣神社の御神輿と、立会祭礼の御旅所であったともいう
・・・御加護・・・
いづれにしても、地域社会の発展と商売繁 盛、家内安全、学業成就、歌舞音曲の上達や旅行道中交 通安全の神様として、御加護はすばらしいものがある・・・神社記より、全文引用


      福知山市指定天然記念物 生野神社のケヤキ 福知山市の名木(41)
         胸高幹周/5.83m、根元幹周/7.13m、樹高/19m、樹齢/約600年   
          
  
    空洞化が見られますね・・・枝振りから、きっと、若葉が生い茂ることでしょう 
          

さぁ、社殿へ
・・・石段下から見上げると・・・おおぉ、凄いぞ!!

狛犬・・・子持ちの狛犬、初めてみました
・・・と、いうことは、向かって右の獅子は雄、左側の狛犬は雌となりますかね?
・・・阿吽で、阿形は狼ですので・・・違いますよね
     

社殿、右手より、拝殿、本殿をみる
拝殿は向拝庇が長くのびた入母屋造、本殿は、拝殿の後方に流造

拝殿、向拝、庇が長がい!
拝殿、唐波風下には今のも動きそうな龍が、そして、その虹梁の下には唐獅子が二頭彫られている



本殿

左右、脇障子
・・・脇障子が、正面に向かい直角ではなく、斜めに、そう、約45度?、後方へ開いている
・・・これから訪れた、福知山の神社でも、見られることになるのだが・・・
     

左面・・妻飾り
        
        本殿・・・右面
          


彫物師 当国柏原町住人 中井清次郎正用

大原社

社殿右の境内社 皇太神宮、神明社、八幡社

社殿左の境内社・・・猿田彦社

社殿左の境内社・・稲荷社・武大神

立派な社務所です

素晴らしい、社殿でした
後方に開いた、脇障子、庇の長い、向拝・・・記憶に残る社殿でした

参拝日:3月17日



・・・ここから下部は、彫物師 当国柏原町住人 中井清次郎正用の世界へ・・・

兎毛透の鳳凰をを内から見上げる・・素晴らしいです

皆、騒いでいるようですね

庇、左面・・・虎!

庇、右面・・・虎!

手挟み

手挟み

高欄、縁葛下の腰組の彫物


鈴の奥が見えない・・・う~ん? 残念!

石段下から拝殿を・・・うん!なかなかのパチリです
よく、見れば、狛犬のしっぽが・・なにか、珍しい形やね!

どれをとっても、素晴らしいの一言です







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