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2026年6月5日

長野の旅 ラッキーな出来事がありました

二日目の夕食は松本市駅近くのお店
もちろんお酒もいただきます


最初は冷たい冷えたビールで嫁と乾杯です
私、ジョッキで飲む生ビールは好きではありません
だからいつも瓶ビールです


瓶ビールを頼むのですが、銘柄を聞かれます
なにがありますか?との問いの返答の中に恵比寿ビールがありました
ちと、珍しいので、それを頼みました

冷えたビールを二人で飲むのに小瓶の量は少なすぎます
で、追加を頼みました
運んできた店員さん…
思わず、え!! これ、メチャラッキー、私、見るの2回目って
うん? なにを言っているの?と問えば…
瓶並べて‥ラベルの恵比寿さんのそばの鯛が一匹多いのですよと!
店員さん、メチャ喜んで、ラッキーラッキー、良いことがありますよって


おお!そう云えば、カゴの中に鯛がもう一匹いてるね

で、その場早速問いました
そうです、Gemini君です

その答えは!!

おっ、これは素晴らしいものを見つけましたね!

結論から言うと、これは「ラッキーヱビス」と呼ばれる、非常に珍しい瓶ビールです。

通常のヱビスビールのラベルでは、恵比寿様が左手に抱えている鯛は「1匹」だけですが、お送りいただいた写真のラベルをよく見ると、後ろの籠(かご)からも鯛の尾っぽが飛び出していて、合計2匹の鯛が描かれています。

「 ラッキーヱビスとは?」

・出現確率: 諸説ありますが、瓶ビール全体の中で数百本に1本(およそ数百分の1)の確率でしか存在しないと言われています。
・対象商品: 基本的には缶ビールには存在せず、業務用や大瓶・中瓶などの「瓶ビール」限定*ランダムに混ざっています。
・ご利益: 出会えたらラッキーな、文字通り「商売繁盛」や「福を呼ぶ」縁起物として、ファンの間でも非常に人気があります。

「ちょっとした豆知識」
 ヱビスビールの100周年記念(1990年)の際、遊び心から始まったシークレットラベルだそうです。現在でも、出会えたらその日は間違いなくラッキーデーと言えるほどの確率です。

お店での引き、最高ですね!まさに今、その場がパッと明るくなるような幸運です。
飲食店などの瓶ビールはケース単位で納品されますが、その中に1本入っているかどうか……というレベルの確率なので、お店のスタッフさんも気づいていなければ、かなりの「引きの強さ」ですよ!

という文言を楽しみながら、恵比寿ビールを頂きました
そのラベルの瓶は、そのままお店に寄付? 店員さんに渡しましたよ

さぁ、ラッキーなことがありました
明日の長野の旅がよき旅でありますよう!!願うばかりです








2026年6月4日

長野の旅、 二泊目の宿は松本市内の4星HOTELです

上田城「P」から二泊目の宿に向かって走ります
時間も余裕がありましたから、観光スポット、国宝旧開智学校へ走ります
万一時間外に到着してもそれはそれでいいのです
ところが、ハプニングが起こりました
それは、山越え国道143号線を走ってしまいました

プリウスα君のカーナビにルート案内を託しました
そして、iPadのMOVIリンクにもね
下図、本来のルートなれば、国道254号線を走るのです
ちょっと渋滞に入り、迂回してしまったのです
これが、大変なミスとなりました
通常、プリウスα君のカーナビは、道を変えても必ず元に設定したルートに戻そうとします
でも、なぜか、今回は別のルートを選んでいたのです
これはカーナビのせいではありません、途中コンビニで水を買いました
私、その時、この地点から、ルート再検索をしてしまったのです
結果、この操作が国道143号線の山道を走るルートに変わってしまったのです
慣れていた操作とは、えらい所でのミス、山の中に迷い込んだのです(赤矢印)


あとで調べてみたのですが、青木峠、標高1040mとあります
この山にはトンネルが確か2ヶ所ありまして、それも信号付き

一車線で、くねくねの山道、約1時間走っても対向車は1台のみ
このような道、いつものことですからなんともないのですが、助手席の嫁、怒っています

途中、野生の鹿の親子が10mほど前を横切りました
お!驚きましたね
熊でなかったのが幸い?
長野、松本付近、熊出没するのかなぁ

くねくねした山道(林道ではない)を走り終えました
まぁ、なんとか無事?で、国宝旧開智学校に到着しましたが、なんと休館日
やっぱり!!
では、HOTELに走ります


今回の宿は、Gemini君に聞いてみました

・解答
1. 松本ホテル花月
松本城へ徒歩約5分という、これ以上ない好立地にある老舗ホテルです。

2. 浅間温泉 みやま荘

3. ホテル ブエナビスタ
松本駅と松本城の中間ほどに位置する、松本を代表するシティホテルです。

この回答をみて一泊目は、浅間温泉 みやま荘、二泊目はホテル ブエナビスタにしました
なんと、4星ホテル、高級ホテルです


夕食です
松本市、駅前に行きます

個室が主のお店
周りを気にせず、ゆっくり夕食をいただけます


地酒もいただきました
諏訪湖の付近に酒蔵が数件ありましたね
で、最初にいただいた冷たいビールで、ラッキーな出来事が!
この件は、別の記事にします

ゆっくり食事もでき、ほろ酔いかげんで、松本駅に行ってみました

街の灯りがない、だから暗いと思うのだが!
その中、ワイワイ人だかりが?
うん?これは近づかないほうがいいかなぁ? 団体で抗議活動のようです
夜空みあげると、三日月
その三日月の下の光、そう金星です(下赤丸)
空気が澄んでいるのか、明るくキレイです

HOTEL エレベーター前

素敵な部屋でゆっくり疲れをとりました


そして翌日、朝食です、豪華です
HOTELでは定番?シェフの作るオムレツは美味しかったです
それにしても貧乏性ですね、プレートすべてに食べものをいれてます
お焼きまであります・・大丈夫か?

美味しかった、完食でした

さぁ、長野の旅、最終日です
出発します

楽しみです








2026年6月3日

長野の旅、真田氏から今に伝わる上田城です そのニ、尼ヶ淵の石垣

城内から西虎口から急な階段をおりて、尼ヶ淵を歩いて石垣を眺めます


尼ヶ淵(西)

下、赤線 算木積み うめ殺しがみられる

この左側にある「上田泥流層」の案内板、尼ヶ淵の崖


上田城跡駐車場や芝生広場の一帯は、江戸時代には千曲川の分 流が流れていた川原で、尼ヶ淵と呼ばれています。この川は上 田城を守る天然の堀の役割を果たしていましたが、大水が出る と尼ヶ淵の崖を浸食することがあり、まさに諸刃の剣でした。 崖に見られる地層は三つです。上から1上田泥流層(火山が崩 壊した土砂などが堆積したもの)、一番下には3染屋層(川の作用で砂礫が堆積したもの)、そして、この二つの層の間には、火砕流に由来する粉じんが堆積しています。三つの地層の中では、2の層が一番軟らかくてもろいため、大水のたびに2の層を 中心に崖が削られてしまい、崖が崩れて櫓に被害が及ぶ心配がありました。そのため、上田藩主・松平忠愛は享保十八年(一七 三三)から石垣を築いて、崖を浸食から守りました。尼ヶ淵の石 垣のほとんどは、このように崖を守るために造られたものです。



奥に南櫓

西櫓

川と河川敷? 自然の堀ですね


〈上田城お勧め見学ルートその4>

尼ヶ淵(城の南側を守った天然の堀) ここから本丸の櫓を見上げると、その守りの堅さを実感します。江戸時代にはここを千曲川の分流が流れていたのですから、さらに防俺は強固なものになりました。崖の高さは約12メートルあり、上田泥流層の垂直な崖がさらに敵の侵入を難しくしました ところが、千曲川が増水した際に、崖を川の水が削ってしまうことから、歴代の城主はこの対応に頭を痛めまし た 崖面に築かれた石垣には算木積みの古い技法と考えられるものもあり、仙石氏の頃、あるいはそれ以前に築かれた石垣である可能性もあります そして享保17年(1732)の大水では、ついに崖が大きく崩落してしまいました< そのため城主・松平忠愛は崖を守るための石垣の築造を計画し、翌年から工事を始めました。享保21年、石垣は完成しますが、石材と石工の不足から当初の計画通りにはいかず、南橋と西橋の下を除いて、石垣は低くなったり、造られずに終わってしまいました。


奥の石垣をみると…

算木積み うめ殺し(下赤丸)
ここからが真田でここからが仙石ともいえる可能性がある

このようなうめ殺し、算木積みを数ヶ所、見つけることができます
石使いは、赤丸と赤丸の間、算木積みの間の石は安山岩
外側は緑色凝灰岩、後で付け加えたものとわかる


地形がよくわかりますね

この辺一帯が尼ヶ淵
水運、船着き場 尼ヶ淵
流れ込んできた川の流れが淵になっている 
水運、船着き場とも考えられ物資の運搬やいざというときの脱出経路として船着き場があった痕跡の可能性がある
上田城のなかでは古手の石垣でもある

上部の石垣に転用石がみられるらしい




矢穴 石を割るために掘られた穴 約10cm 


南櫓下の石垣について
南櫓下の石垣は、上田城の南面を護る天然の要害「尼ヶ淵」より切り立つ断崖に築かれています。
中段石垣は、長雨により一部崩落したことから 修復工事を実施しました。
中央部の崖面露出部分は、崖が張り出しており石垣が無かった部分であることから、原形に基づきモルタルで修復しました。

ここは尼ヶ淵(東) 本丸堀の東側の端


下赤線・算木積みのうめ殺しがみられる
線の右は安山岩の野面積み、そして玉石、千曲川から持ってきた丸い石を石垣の隙間をうめる石として使っていた
左は割石と緑色凝灰岩のできた石垣



じつはこの右に本丸堀の空堀の外側がみられるのですが、工事中のため入れません
よって、その石垣をGoogleMap ストリートビュから拝借しました

下、赤丸が石桶、排水溝
GoogleMapより



広すぎるので、2枚を合成してみました
今日のお伴のカメラにはパノラマ撮影機能がない!

上田城の石垣で使われている主な岩石
石の色の違いでも判別できるようです
1・緑色凝灰岩 
2・安山岩 江戸時代
3・玉石
千曲川から持ってきた丸い石を石垣の隙間をうめる間詰め石として使っていた

南側の防御策として真田は河岸段丘を利用
当時は崖の真下を川が流れていたので防御力が高かったと

時代がわかるのか?算木積みのはめ殺しが数カ所みることができました

真田家からはじまり、仙石家・松平家と、築城から400有余年の今、この石垣をみていると、その歴史を感じるのですが、私は上田城=真田氏が染み付いていますね

よき御城でした