2019年11月12日

水尾神社・・・兵庫県姫路市安富町関554

兵庫県姫路市安富町関554、水尾神社です
奥播磨かかしの里への道沿いに位置します

       水尾神社の磐座

巨石です

「伝承安富」を訪ねて・・・宮ノ下渓谷の巨石群

昔々、伊和の大神が安志姫に求婚をしましたが、聞き入れて貰えなかった大神は、たいそう怒って大岩でここを堰き止めて、
ここの水を三方(宍粟市一宮町)の方に流しました。
それで、安師川は水が少なくなったと、播磨風土記に記されています。
堰に使った大岩がこれらで、そのことから、ここの集落を「関」とよんでいます。


水尾神社へ

社頭

社殿
主祭神:象罔女神  配祀神:素盞嗚尊

伝え云う安志郷に安志姫神御坐ありし頃、揖保川の上流神戸村に伊和の大神坐しまして安志姫神妻問いし給いしも姫神聞き入れ給わざるによりて大神怒りて其の郷を流るる林田川の上流を埋めらる。
故に川の流水著しく減じ屡々断水して不潔となりしかば流域の住民大いに嘆き上流の地に水神象罔女神を斎き祀りしに境内より清水湧出で断水の憂いを免れしという。
是れ当社の創立とす。
降って鎌倉時代には関大明神といい暦応元年(1338)10月社殿を上棟す。
応永二十年(1413)2月領主修萬寺住持朝尊社殿を修理せり。・・・神社庁より


本殿は、覆屋で、全然見えません

       県指定天然記念物 水尾神社の大スギ


立入禁止・・・ヒメボタルの幼虫が生育しています
そして、毒蛇まむしに注意・・・二重の立入禁止勧告ですね・・・






2019年11月11日

奥播磨かかしの里・・・兵庫県姫路市安富町関568

兵庫県が発行する冊子・・・冊子名、忘れましたが、その冊子に紹介されていまして・・・
「奥播磨かかしの里」・・・うん!これは行ってみなければ・・・走りました・・・

奥播磨かかしの里・・・お迎えです

一番奥にある、鹿の壷山荘の「P」へ・・・

      奥播磨かかしの里 ガイドマップ


上から下へ、歩いて・・・撮っていきましょう……

ご夫婦かなぁ?・・・エエ天気じゃなぁ・・って!

人か、「かかし」か、分からないのです

まぁ、座って休んでいかんかいなぁ!

撮りますよ! 「はい、チーズ!」

どっかで見たような「おっさん」ですね

火の用心・・・ちゃんと貼っておかんとなぁ! 

ご苦労様

ただいま、休憩中!


       あんたも、姫路に行くのかい?

一汗かいたので、拭いとんです

お~い! 大丈夫か?

まさしく観光地?・・・実に面白い!

これ! 夫婦共同体・・・がんばってください

待てませしぇ~ん!


スピード違反?

これか! レダースピード違反取り締まり

開けへんやん!

ふるさとかかしギャラリーへ・・・いらっしゃい!

のどかですね

もうすぐ、沸くでぇ~

いい陽射しやね!

ゆっくり、茶でも飲んで・・・

       トイレです・・・失礼!

その奥「大」覗けば・・・いやいや、これまた、失礼!

戻りましょう・・・


戻ってきましたよ・・・ご苦労さんだったね



代表的なかかしを撮ってきました!
そのリアリティーには驚きました
人か、「かかし」か、分かりません・・・お見事です

全かかしをカメラに収めなければ、もったいないです
どこかで、見たような、間近でみてきたような、農家の人々・・・
いいところでした







2019年11月10日

秋晴れの伊丹スカイパーク・・・撮っていきましょう

いい天気ですね・・・
こんなよい天気で、飛行機撮影できるのも久しぶりです


ANA、「B787」と、「HELLO 2020 JET」です

写真は、livedoorブログで・・・

http://luuku2009.livedoor.blog





倭文神社・・・京都府与謝郡与謝野町字三河内1453

京都府与謝郡与謝野町字三河内1453、倭文神社

延長五年(927年)編纂の延喜式神名帳に式内社として記載される古社である


随神門

拝殿

京都府登録文化財・・・倭文神社本殿


社蔵の『歴代記』によれば、1821年(文政四年)に建てられたもので、入母屋造、銅板葺の標準的な一間社である。正面に唐破風付きの向拝を備える。正面及び側面の三方に縁があり、正面に木の階段と浜縁が張り出す造りとなり、舞殿に繋がる。身舎正面に双折れの桟唐戸、両側面に両開きの板戸があり、彫刻が施されている。内部は、両開きの板戸があり、前後に内陣と内々陣に分かれる。身舎柱は地長押、内法長押、台輪で固定され、組物は尾垂木付きの二手先組の上に化粧桁をまわし、さらにもう一段、三斗組物を置いて丸桁を乗せて垂木を受ける個性的な造りとなっている。向拝の組物は出組で、身舎と向拝を繋ぐ虹梁上にも組物を置いて、天井は組入格天井となっている。向拝に天井を設ける造りは江戸時代の丹後地方の神社本殿に共通する特徴とされており、これらの組物や彫刻が、江戸時代後期の丹後地域の神社本殿建築の遺構として貴重とされている・・・Wikipediaより




拝殿から舞殿、本殿を・・・
・・・機織りの始祖、天羽槌雄神という丹後ちりめん産地に相応しい祭神を祀っています・・・

脇障子や扉の彫刻は、黄石公と張良の故事や、唐獅子や牡丹等が彫られている

桁行一間、梁行一間、一重、入母屋造、軒唐破風
建立年代:江戸時代後期 文政四年(1821)

残念ながら、アクリル板で、保護されているので、写真を撮るには難しい・・・
しかし、彫刻の素晴らしさは、わかります
彫刻師の名を知りたいですね・・・


拝殿

梁上は、獅子噛み

木鼻、持送り


若宮社

社務所