一度は行ってみたい神社のひとつ、思い描いたあの長野県・諏訪大社にやってきました
勇壮な男たちが巨木にまたがる「木落し」、「建御柱」など、1200年以上の歴史を持つ大迫力の神事が執り行われるあの諏訪大社です
樹齢約200年のモミの巨木(16本)を山から切り出し、氏子たちの手で神社まで曳行し、社殿の四隅に建てます
7年に一度(寅年・申年)開催され、諏訪大社(上社本宮・上社前宮・下社秋宮・下社春宮)の4つの社殿の四隅に、それぞれ4本(計16本)のモミの木を曳き立てるのです
7年に一度(寅年・申年)開催され、諏訪大社(上社本宮・上社前宮・下社秋宮・下社春宮)の4つの社殿の四隅に、それぞれ4本(計16本)のモミの木を曳き立てるのです
諏訪大社上社本宮です
大鳥居
空気感がガラッと変わりました
左手に「御柱」
本宮一之御社である長さ五丈五尺(約十七米) 直径二米(目通り)の樅の木である 御神徳の更新を祈る氏子の魂を結集した 御社である上社網置場(御柱置場)より 二十数キロの行程を数千人の氏子の奉仕により 曳行されるので裏側は擦り減ている 茅葺の御宝殿と共に寅歳と申蔵の 七年目毎に建て替えられる御神木で 神城の四隅に建立される
御柱祭は天下の大祭として有名であり次回の御社は今和十戌申歳に行なわれる
TVで木落しのすごい光景をみていたのとちょっと違うイメージでした
もっと大きな太いものと思っていました
説明板
長野県天然記念物( 昭和三十九年八月二十日指定)
諏訪大社上社社叢 約一一、五ha
この社叢は落葉樹からなる自然林として多 種多様の樹木と多くの美しい植物群落を同 一箇所で見られる珍しいもので 亡びつつある中部地方天然落葉樹林の林相の保存さ れている貴重な樹叢である。リ・カエデ類 フジキなど木本一六〇余種 ヤマブキソ ウ・レンプクソウ・ミヤマイラクサなど 草木四二〇余種が成育している。
諏訪大社上社社叢 約一一、五ha
この社叢は落葉樹からなる自然林として多 種多様の樹木と多くの美しい植物群落を同 一箇所で見られる珍しいもので 亡びつつある中部地方天然落葉樹林の林相の保存さ れている貴重な樹叢である。リ・カエデ類 フジキなど木本一六〇余種 ヤマブキソ ウ・レンプクソウ・ミヤマイラクサなど 草木四二〇余種が成育している。
国指定重要文化財( 昭和五十八年二月二十六日指定)
諏訪大社上社本宮幣殿等六棟
この建築は天保六年(一八三五)に上棟式 をしており、工匠は上諏訪の人 幕府から 内匠の称号を許された名匠二代立川和四郎 富昌の作である。拝殿と幣殿をつづけ本殿を設けない諏訪社様式で 安定もよく彫刻 も美しく富昌の代表作でありまた左片拝殿にみる蟇股から脱化した粟穂に鶏の彫刻 は写生に徹した富昌の至芸である。
この建築は天保六年(一八三五)に上棟式 をしており、工匠は上諏訪の人 幕府から 内匠の称号を許された名匠二代立川和四郎 富昌の作である。拝殿と幣殿をつづけ本殿を設けない諏訪社様式で 安定もよく彫刻 も美しく富昌の代表作でありまた左片拝殿にみる蟇股から脱化した粟穂に鶏の彫刻 は写生に徹した富昌の至芸である。
文化庁・長野県教育委員会・ 諏訪町教育委員会
塀重門
参拝路をすすみます
上社国重要文化財建造物
幣殿・拝殿・左右片拝殿・脇片拝殿・四脚門
布橋・勅使殿·文庫・五間廊・摂末社遥拝所・神楽殿・天流水舎・入口御門
神橋·塀重門·額堂銅鳥居・漫連掛息居
幣拝殿
名匠二代立川和四郎 富昌の作である
拝殿と幣殿をつづけ本殿を設けない諏訪社様式とある
拝殿と幣殿をつづけ本殿を設けない諏訪社様式とある
望遠レンズを持ち合わせていないのでトリミングで対応します
**別ページにて写真記事にいたします**
勅願殿
本宮四之御柱
・奥の方に立ち、その姿は小さい
これは? 布橋というらしい
硯石及び四脚門(重要文化財)
とある如く明神の天降り拾う場所であり神降しをする古代宗教の最高至極の位置であった 云われている
・四脚門は天正十年(一五八二)の兵変によって焼失したものを慶長十三年徳川家康が時の勘定奉行大久保長安(佐渡金山奉行を兼ねる) に命じて建立させたものである
布橋
入口御門 国重要文化財
見事な彫刻です
頭上を見上げて、見惚れてしまいました
**ここ御門の彫刻も別のページにて記事にします**
二之御柱
神馬舎
ただいま9棟保存修理中
なかなかです
塀重門前から大鳥居、参道を眺めます
手水舎
神楽殿は保存修理中
お土産屋さんが並んでいます
大型バスの「P」もあります
「P」横の大きな石灯篭
文政十二年(1829)の文字がはっきり確認できました
諏訪大社、秋宮へ向かっています
振り返れば?バックミラーに写る鳥居
思わず、パチリです
いや~ よかったです
御柱も拝見できました
想像していたより小さかったですね
TVで見た木落しはすごいですけど、怖いですね
その御柱を撫でて、Powerを頂戴いたしました
勅願殿
国重要文化財
勅願とは天皇の祈祷という意味である
当社の場合この建物は御祈祷を行う場所である
建立は元禄三年(一六九〇)といわれ建物の配置は諏訪大神の御神霊が宿屋山(御神体山)に向かい建てられ古図には祈祷所と記されている
幣拝殿が大社の恒例祭典や重栗神箏を齋行して國家安泰並公事の祈願を執行する場所であるのに対して勅願殿は 個人私事の祈祷を行う場所である
幣拝殿が大社の恒例祭典や重栗神箏を齋行して國家安泰並公事の祈願を執行する場所であるのに対して勅願殿は 個人私事の祈祷を行う場所である
本宮四之御柱
・奥の方に立ち、その姿は小さい
これは? 布橋というらしい
硯石及び四脚門(重要文化財)
・硯石とは前方脇拝殿の屋根の上に見える石のことでこの石の凹面は常に水を湛えているところからその名が来ている
鎌倉時代の大社の神楽歌に
明神は 石の御慶剤に おりたまものふ
みすずふきあげの 風のすすみに
とある如く明神の天降り拾う場所であり神降しをする古代宗教の最高至極の位置であった 云われている
・四脚門は天正十年(一五八二)の兵変によって焼失したものを慶長十三年徳川家康が時の勘定奉行大久保長安(佐渡金山奉行を兼ねる) に命じて建立させたものである
この門はかつては大祝(祭神の子孫であり神を顕現する者)だけが最上段の硯石と呼ばれる銀座へ登った行った門である
摂末社遙拝所 国重要文化財
文政十一年(一八二八)の建造である
昔は十三所遙拝所とも称し 前宮を始め上の十三所・ 中の十三所・下の十三所 計三十九祈の摂社末社を遙拝する所であった
現在当社の摂末社は約百社あり朝夕の社を通し人遙拝している
布橋
入口御門 国重要文化財
文政十二年(一八二九)建立
上社宮大工梁である 原五左門観貞とその弟子藤森廣分構築し巧徴な彫刻が施されている
上社宮大工梁である 原五左門観貞とその弟子藤森廣分構築し巧徴な彫刻が施されている
頭上を見上げて、見惚れてしまいました
**ここ御門の彫刻も別のページにて記事にします**
二之御柱
神馬舎
ただいま9棟保存修理中
なかなかです
塀重門前から大鳥居、参道を眺めます
手水舎
神楽殿は保存修理中
お土産屋さんが並んでいます
大型バスの「P」もあります
「P」横の大きな石灯篭
文政十二年(1829)の文字がはっきり確認できました
諏訪大社、秋宮へ向かっています
振り返れば?バックミラーに写る鳥居
思わず、パチリです
いや~ よかったです
御柱も拝見できました
想像していたより小さかったですね
TVで見た木落しはすごいですけど、怖いですね
その御柱を撫でて、Powerを頂戴いたしました
そして、幣拝殿の彫刻の素晴らしいこと、見上げてパチリできた御門の彫刻
中井権次一統を追いかけてきた私にとって彫刻を拝見するのは実に楽しいのです
また新たなる棟梁を知ったことは新鮮な出来事でした













































