2020年4月5日

桜を求めて・・・篠山城から、丹波市へ、そして、多可町へ 二回目

「桜を求めて・・・篠山城から、丹波市へ、そして、多可町へ」の続きです
篠山城の満開の桜を眺め、パチリするも、寂しいです
やはり、わいわいガヤガヤと、人混みで、「キレイね」という話し声が聞きたいですね

篠山城、基準木

篠山城をあとにして、丹波市へやってきました
県道7号線沿いの私の定番の武庫川の桜見物の場所です


お昼です
愛車「α君」車内から、満開の桜並木を眺めながらの手弁当を食べています


       縦構図で・・・


反対、北側を・・・

ご近所のお宅の庭先の桜を・・・

さぁ、多可町へ・・・
国道427号線を走っていると・・・山サクラが・・・思わず「α君」を停めてパチリです

サクラを入れて・・・前ボケのつもりが、後ボケになってしまいました

今回は222Lの水を汲んできました
そのいつも通う道には、「ボケ」の木が、みごとな花を見せてくれました

三色・・・お見事!

今年の桜見物は、寂しい気持ちのなかですが、少し楽しませてもらいました
何時、終息するかは、分かりませんが、来年は、皆で、花見を楽しみたいものです







2020年4月4日

桜を求めて・・・篠山城から、丹波市へ、そして、多可町へ

コロナウイルスのため、今年2020年の桜まつりはどの地域でも中止です
そして、不要不急の外出は自粛、大阪への往来も自粛・・・
そんなときなんですが、我が家は兵庫県、2~3ヶ月に一度多可町へ水汲みへいかなければなりません
そんなことで、ルートを、兵庫県丹波篠山市から、丹波市、多可町へと走ります
そのルート上の、篠山城、丹波市武庫川沿いの桜を、そして道すがらの桜をパチリしていきます


まずは、篠山城から・・・

右、丹波篠山市庁舎、田園交響ホール お堀に映る桜・・・


いつもの「P」が工事中のため、ちと離れ、篠山小学校側から入城します

天気はよいのですが、やや春霞です

篠山城基準木です

やはり、人影はまばらですね

奥に数人・・・さみしいです!

いつもなら、桜の側には、人がいて、笑顔があり、桜だけの写真は、無理なんですが・・・
今日はね・・・ひとりぼっちです

反対側から・・・


角の桜も・・


天守台から、右手前、篠山幼稚、三の丸跡、お堀、丹波篠山市庁舎、田園交響ホール



     書院前から、石垣の間に、桜、田園交響ホールをいれて、パチリです



       基準木を・・・



       満開ではないですが、しだれさくらを・・・


城内滞在時間、約10分・・・駆け足で、撮ってきました

お堀端・・・

回り込んで・・・


       現役?・・・消火栓



兵庫県丹波篠山市北沢田集落で、黄色と白色のスイセンが満開になっていると、記事にあり、ちょっと走ってみました
自治会で2013年から毎年球根を植えて増やしてきたものと、説明がありまして・・・
県道、市道、農道沿いで、田んぼを縁取るように計約3キロにわたる“水仙ロード”ができていると・・・2万3000球を植えたらしいのですが・・・
この付近は、通い慣れた道ですね・・・



       あまりにも広大で、水仙が、まばらに見えます




このような自粛のときですが、愛車「α君」で、昼食は、車内で手弁当を食べる予定です
来年こそ、盛大なお花見ができることを祈るばかりです








2020年4月3日

中井権次一統の足跡 佐地神社、兵庫県丹波市青垣町小倉575-2

中井権次一統の足跡を巡っています 
中井権次一統作品集 No  兵庫県丹波市青垣町小倉575-2、佐地神社です

延喜式内社 延喜五年(905年)丹波市内十七社
御祭神:天宇受賣命天津神


      心付けを納め、頂いた案内書 裏面には、縁起が記されている

北近畿豊岡自動車道近く 国道427号線沿いです
「Sachi-jinja Shrine」です


佐治とは太古、全面湖沼の佐沼の水を抜き治水し(佐治)、乾いた地(佐地)にしようと祈り、場所をこの地にしたとされる

社頭

縁起 佐地神社(神楽大明神)

御祭神 天宇受賣命天津神

創建
和銅三年(710年)丹波守、坂上田村麻呂の神勅を奉しその子刈田麻呂をして社殿を造営創立したとあり
聖武天皇の御代、五畿七道の諸国に中臣斎部両氏を遣わし、幣を班ちた一社とされる

社格
延喜式内社 延喜五年(905年)丹波市内十七社 
旧郷社 明治六年 
旧縣社 大正十一年 丹波市内四社

鎮座由緒
神楽大明神、三社二間×三間半 末社多し 北面に御手洗池の泉流あり 神殿前に欄干橋
鳥居あり 境内およそ一町四方余地内に田畑あり
昔神楽谷の大稗、小稗の但馬境の峯に鎮座せり
その古跡を恩ヶ嶽又は天ヶ嶽という峯に仏石とよぶ御神体あり 惣持村の猟師背負い奉りて山より下り大稗小稗の境で休む所を鍵掛小稗口の古木の蔭で休む所を下がり松とよぶ さらに松倉口の田の中の小森で休んだ後小倉に降りしが動いたまわず ゆえにこの所に奉斎して神楽谷九ヶ村の産土神となす
神楽谷九ヶ村は、檜倉、大名草、大稗、小稗、惣持、文室、稲土、市原、森


神橋を渡り、拝殿へ・・・

拝殿・・・銅板葺き、唐破風流造

唐破風

兎の毛通し 鳳凰

梁を支える、力士? 牙がみえるが、鬼?



丹波新聞記事によれば、四代中井言次君音の力作とある

社殿
・・・現在の社殿は明和四年(1767)と、ある


       右脇障子


木鼻

本殿、背面




       左脇障子

木鼻

海老虹梁
・・・見たことがない、海老虹梁、社殿側の根元は獏?が彫られている・・・
はたして、中井言次君音作なのか



      手挟み

境内社

稲荷神社
左の御神燈には、天保七(1836)と刻まれている


神橋 
近くの高源寺の文字が読める・・・これは寄進か?

丹波新聞記事によれば、四代中井言次君音の力作とあるが、如何に?
延喜式内社の古社、訪れること、二度目ですが、身の締まる雰囲気でした