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2026年5月27日

諏訪大社・下社秋宮 幣拝殿の彫刻がすばらしいのです

神社仏閣の彫刻には興味がある私にとって、 諏訪大社はどきどきします
中井権次一統で、いろいろみてきましたが、それは兵庫県、ここは長野県
さて、どんなすばらしい彫刻があるのでしょうか?

幣拝殿の彫刻とその工匠は上諏訪の人
棟梁は当地の宮大工で立川流の名跡、立川和四郎富棟(1744-1807)初代和四郎
善光寺大勧進の門や静岡浅間神社の彫刻を手がけた工匠です
この社殿は彼の代表作といえるとあります

神楽殿から奥に進みます

幣拝殿・左右片拝殿

幣拝殿
安永十年(1781)造営・国指定重要文化財
幣拝殿は、桁行一間・梁間二間、楼門形式、切妻、正面軒唐破風付、檜皮葺
柱は円柱

幣拝殿 
重要文化財
この建物は御幣を奉ずる幣殿と社殿が一体となったものである
二重楼門造りと呼ばれ二階は跳勾欄(先の反った欄干)を回し全体に見事な彫刻が施されている
諏訪高島藩の命により安永十年(一七八一)に初代(立川流)棟梁立川和四郎富棟によって造営された




上層
中備えは「龍」 唐破風の小壁は鳳凰の彫刻

跳勾欄を回す
虹梁 唐獅子と牡丹

木鼻は、唐獅子、像
その上は、波の籠彫

欄間には、松と鷹
持ち送りは波の籠彫

六匹の唐獅子が戯れている

反対側
牡丹と唐獅子


間口の欄間 松に鶴
両脇は竹に鶴


諏訪高島藩の命により安永十年(一七八一)に大隅流と立川流が技を競わせるために両者に造営を指示したうち大隅流が、春宮です
残念ながら下調べが甘く、知りませんでした

秋宮、春宮の幣拝殿の彫刻を比べられなかったことが心残りです


しかし、よき彫刻を拝見いたしました











2026年5月26日

長野県への旅 信濃国一宮 諏訪大社・下社秋宮です

念願の諏訪大社・上社本宮に参拝してきました
そして、次なる場所、信濃国一宮 諏訪大社・下社秋宮です
上社本宮から諏訪湖も東湖岸?を北上、約12kmぐらいの距離です

まず、手水舎です

お! 兎の毛通しに、なんでしょうか? 龍でもないし、??です
中備えの蟇股に鳩がいます

さぁ、参拝します
左側を歩いて進みます

見えてきました

正面の大木は「根入りの杉」
 
この杉の木は樹齢六~七百年で丑三つ時 になると枝先を下げて 寝入りいなきが聞こえ子供に木の小枝を煎じて飲ませると夜泣きが止まるといわれている



神楽殿


梁間3間・桁行5間、十字型切妻、檜皮葺。

1835年(天保六年)造営
幣拝殿・左右片拝殿や春宮とあわせた7棟で、1件の国指定重要文化財となっています。

棟梁は立川和四郎富昌(二代目和四郎)
幣拝殿と左右片拝殿を手がけた立川和四郎富棟の弟子であり実子で、諏訪大社上社本宮の社殿を造った工匠


大虹梁には巨大なしめ縄が吊るされています
しめ縄の重量が1トン、御柱祭にともなって新調されると説明板に記されている


  青銅製の狛犬 
   
   身長は1.7mらしい
   青銅製の狛犬としては日本最大らしいです


幣拝殿

幣拝殿 
重要文化財
この建物は御幣を奉ずる幣殿と社殿が一体となったものである
二重楼門造りと呼ばれ二階は跳勾欄(先の反った欄干)を回し全体に見事な彫刻が施されている
諏訪高島藩の命により安永十年(一七八一)に初代(立川流)棟梁立川和四郎富棟によって造営された


**幣拝殿の彫刻は別の記事にします**


左右片拝殿
安永十年(一七八〇)初代立川和四郎富棟により造営された
拝殿に比べ彫刻などは 見られず江戸時代の記録には 幣拝殿は布屋 (御門戸屋)片殿は回廊と記されている


下社重要重汞齐照建造物
秋宮
幣拝殿·左右片拝殿殿
神楽毆
(昭和五十八月十二月二十六日指走)

春雪
幣拝殿·左右片拝殿殿
(昭和五十八月十二月二十六日指走)


右拝殿
向かって右(神座から見て左)にある片拝殿(左)となる

左拝殿
上、右端に「一之御柱」


    秋宮 四之御柱

さぁ、戻ります
まっすぐのびる国道142号線 旧甲州街道ですね


無事、信濃国一宮 諏訪大社・下社秋宮を参拝できました

ここで、大失敗です
諏訪大社には四社あるのですが、前宮・春宮には行っていません
特に春宮は、藩主が大隅流と立川流をで技を競い合せて、同じ様式の社殿を造らせたらしいのです
それで、春宮を大隅流 秋宮を立川流が造営したのです

残念です
仕方ないですが、またね!と、云うわけにはいかないので、他の方の写真で辛抱します
下調べが甘い!!










2026年5月25日

諏訪大社本社上宮、入口御門の彫刻とその工匠

神社仏閣の彫刻には興味があります
中井権次一統で、いろいろみてきましたが、それは兵庫県、ここは長野県
さて、どんなすばらしい彫刻があるのでしょうか?

諏訪大社、入口御門の彫刻とその工匠は、原五左衛門親貞とその弟子藤森廣八、その名について調べたものを記事にしてみました


入口御門・布橋の入口に建てられた門
表参道から二之鳥居をくぐってすぐ、二之御柱の近くに入口御門が建っています。私が大
鳥居があり、お土産屋が立ち並ぶ北参道から参拝しましたが、正式のルートは上社前宮から東参道(表参道)を通って二の鳥居からの参拝が正式とされているらしい

入口御門は文政十二年(1829)に上社宮大工棟梁である原五左衛門親貞とその弟子藤森廣八によって建立されました
2016年に国の重要文化財に指定されている、大変貴重な建造物です

入口御門・布橋、右に二之御柱

入口御門 国重要文化財

 文政十二年(一四九)建立
上社宮大工棟梁である 原五左門観貞とその弟子藤森廣八が構築し繖な彫刻が施されている


眼光の鋭い龍の彫刻

鳳凰

麒麟

霊亀

獅子と牡丹

雲と鶴

霊亀の裏面

真正面から龍を眺めます


いつものように刻銘を探しました
おそらく、刻銘はないと思うのですが、念の為、結果ありませんでした


主柱の上端には、側面に冠木が出ています。
主柱と控柱のあいだの欄間には、波の彫刻

妻飾りは笈形付き大瓶束
見事な彫刻でした

もちろん、名前を見たのは初めてなので、諏訪大社上社の宮大工棟梁を務めた「原五左衛門親貞」について調べてみました

原五左衛門親貞は、1829年に重要文化財「入口御門」を建立したことで知られる名工です。原家は代々、上社の造営や周辺地域の社寺建築を手掛けた宮大工の家系として知られています。
原五左衛門親貞が手掛けた代表作や関わった主な建築物は以下の通りです
・原五左衛門親貞の代表作入口御門(諏訪大社 上社本宮)
建立: 文政12年(1829年)特徴: 国指定重要文化財。弟子の藤森廣八と共に構築し、細部には非常に巧緻な彫刻が施されています。

・諏訪大社上社 幣拝殿
原五左衛門家(原家)に伝わる数々の貴重な建築図面や資料は、地域の社寺建築の歴史を紐解く重要な文化遺産となっています。

 原五左衛門家について古くから諏訪地域の社寺建築を支えてきた宮大工の家系です。
親貞のほか、江戸時代後期の代表的な大工である2代目治郎左衛門包近なども原家から輩出されており、諏訪大社だけでなく南信・東信地方など広範囲にわたる建築や修復を行いました。詳細な歴史的背景や建築資料については、茅野市 の史料目録や 諏訪郡市博物館 の公開記録から確認することができます。

神社仏閣の彫刻に興味のある私にとって、他府県の彫刻は大変めずらしく拝見しました
中井権次一統とつい比べてしまいますが、知らない名工の技があるのに感心しています

時が許せば、関東甲信越も神社仏閣を巡ってみたいですね