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2023年11月1日

10月の神社探訪・・・兵庫県丹波市山南町和田、狭宮神社、本殿彫刻は中川利兵衛の世界です

兵庫県丹波市山南町和田、狭宮神社
本殿彫刻は中川利兵衛の世界の世界です

今年、7月の神社探訪で兵庫県加東市上田、大芋神社、中川利兵衛の本殿彫刻を拝見いたしました

そのとき、うん? 中川利兵衛の彫刻が、どこかにあったなぁ?
と、思い出したのが、狭宮神社でした
改めて、江戸期に職人の間で「彫聖」として語り継がれた、中川利兵衛の彫刻を再度、拝見すべく訪れました




ご本殿は宝暦八年(1758)の再建で、屋根は入母屋造り檜皮葺に千鳥破風が組まれ随所に巧みな技術が取り入られており、古社にふさわしい優美な姿です

ご本殿の彫刻は江戸時代に代々活躍した中川利兵衛の作品であり、18世紀前後にしか見られない素晴らしいもので、現在でも職人の間で「彫聖」として語り継がれています


向拝 獅子又
・残念ながら龍がおるのですが、見えません

角度が悪いですが、兎の毛通しです

木鼻

桁隠し

右 腰周り 獅噛み

      右脇障子

      脇障子裏 刻銘

     「大坂安土町三丁目 社堂彫物工 棟梁中川利兵衛尉 藤原親家」



左面






手挟み

木鼻
・麒麟(馬足龍)



腰周り 獅子噛み
・両側面2個計4個あります



壊れたか?取り外された鬼板

中川利兵衛の彫刻、堪能しました
この狭宮神社の彫刻撮影は、正面からは、無理です

あまりのも天気がよくて、右面と左面の光の当たり具合が全然違いましたね
そして、失態!
左脇障子の写真が無い?
撮り忘れのようです

これを口実に、再度撮影にでかけましょう!!







2023年8月1日

7月の神社探訪・・・兵庫県加東市上田、大芋神社、本殿彫刻は中川利兵衛の世界です 

7月の神社探訪・・・兵庫県加東市上田、大芋神社です

ここ大芋神社の本殿彫刻は中川利兵衛の世界です


隨神門(切妻造 桧皮葺)

隨神門の蛙股の彫刻は鳥よけ網でよく見えませんが、獅子親子ですね

由緒書
大芋神社
社町上田七八三番地
祭神 天照大神 豊岩窓命 櫛岩窓命 合祀大歳神

由緒

文治二年(一一八六)、紀州熊野より若王権現を迎え祭り、一社を創立したのが初めと伝えている。
貞和二年(一三四六)になって、丹波多記郡大芋村(現篠山町)の櫛岩窓神社の分霊を祭り、大芋大明神の社殿を造立したという。 
社殿は、その後、文和三年(一三五四)、応永八年(一四〇一)、文明十五年(一四八三)永禄十年(一五六七)。正保元年(一六四四)に屋根替えをし、正徳元年(一七一一)大破のあと、再造営された。 
文化元年(一八〇四)、その社殿は惜しくも焼失したが、同四年 (一八〇七)三月、ふたたび社殿の復興をみた、今の社殿がそれである
明治七年(一八七四)二月、村社に列せられ、明治四十一年(一九〇八) 一月、無格社大蔵神社を合祀した。

「異説」
寛文年中(一六六一~七二)、丹波・櫛岩窓神社の神額が満水氾濫の止め流失、上田村に留まったのを村人は霊端露となし、祠殿を造り大芋神社と称し崇敬したという。(櫛岩窓神社由緒書)

「営造物」
 本殿(三間社流造 桧皮茸) 拝殿(入母屋造 瓦葺)  隨神門(切妻造 桧皮葺)
手水舎 石神 石鳥居等

「氏子」 社町上田・福吉・野村


拝殿 (入母屋造 瓦葺) 

本殿(三間社流造 桧皮茸)

向拝、梁間の彫刻

なかなか見応えがありますが、なにせ撮影角度が難しい!

木鼻

手挟み

左面



      左脇障子、背面
      この右下隅に刻銘があります


彫刻師 大坂 中川利兵衛 藤原定八
先人は、中川利兵衛 藤原定八(水)と記しているが?


       右脇障子背面

右面



手挟み

木鼻

隙間から本殿前の狛犬と石灯籠(文化八年・1811)



桁隠し

神社前で見つけたマンフォール
・旧社町の町の鳥メジロと町の花ヒラドツツジをデザインしたもの

この大芋神社の撮影のため、二度訪れました
一度目は夕方で、本殿背面が西、そのため、本殿が暗く写真は撮影できたのですが・・・
そして、二度目は午前中、お昼前で、思惑どうり、撮影できました
拝殿の屋根の陰で分かりますが、太陽は真上ですね
やはり、神社撮影は、夕方はだめですね!


好きこそ、走り回りますね!
暑かったですがね


追記:由緒書に登場する、延喜式明神大社、櫛岩窓神社

もう一度、訪ねてみよう・・・


追記:コメントをいただき、刻銘についてご指摘いただきました
刻銘は「中川利兵衛藤原定永」とのことです
知識不足が露呈いたしました
















2023年6月30日

6月の神社探訪 兵庫県小野市 住吉神社、本殿彫刻は中川利兵衛の世界です

6月の神社探訪・・・兵庫県小野市垂井町908 住吉神社です
ここ住吉神社の本殿彫刻は中川利兵衛の世界です

小野市? 神社探訪は初めてですね


住吉神社由来記
祭神
・表筒之男命 
・中筒之男命
・底筒之男命

由緒 当神社は創建年代は不明ですが、人皇十代の時とも養老六年ともいわれています。
古書類は兵火のため焼失してはっきりしていない。
もと河内里山田に鎮座していましたが、 夢想によって市場村喜多島に奉遷し、後に現代の地に奉遷することになり一名川内大明神 ともいわれています。
延喜式神名帳に所載の神社であって、元和元年小笠原忠政の社領を 寄せられ、慶安以降徳川将軍代々の社領朱印地として拾石を賜りました。
その後、小野 領主一柳家の氏神として厚く当社を崇敬し、灯篭、鳥居など多くの寄付を賜り、それらは 今尚現存しています。又地方の大社として一般の人々の崇敬も厚く、明治四年八月小野県県社に明治四十五年に指定神社になり、昭和十七年六月に県社に昇格いたしました。
現代の本殿は宝暦年間に再建され、続いて神門、拝殿、その他の建物も再建され、その後、 幾多の大改修を経て現代に至っています。 長い参道の奥の木立ちの中に鎮座しています当 住吉神社は、華麗な彫刻と自然との調和のとれた霊験あらたかな由緒正しい御社であり ます。境内には稲荷神社をはじめ、猿田彦神社、祓戸社、磯御前社、豊磐間戸神社、櫛 間戸神社、などの小宮があります。・・・案内板より


神門

木鼻

蛙股

境内

  拝殿

本殿再建後の拝殿 

先人曰く、後年別の彫物師と思われると・・・

本殿・・・宝暦年間に再建された
右側面

幣殿、木鼻

       右、脇障子

        その左下に刻銘がありました
      摂州 大坂住
        彫物工
         中川利兵衛尉 藤原親家

        左脇障子

        この右下に刻銘が・・・
        大阪安土 彫・・・までしか見えない

実は、右脇障子で刻銘を見つけたので、まさか左脇障子にもあるとは知らず、写真現像時に発見してというお粗末なことです 




左、側面
懸魚も立派なものです

その下、蛙股 左、牛?じゃないなぁ? 右は虎

稲荷神社

この鳥居の柱に、文化十癸酉(1813年)と刻まれている

蔵の神

手水舎

社務所

拝殿の妻飾り

洞林寺跡社務所

鳥居を探して・・・県道加古川小野線へ

        文化十四(1817年)

       天保十一(1840年)

        文政九(1826年)

恐らく、第一鳥居かと思われます
奥の社叢が、境内です
小野市の神社探訪は初めて!時はやや夕刻に近く、慌てて撮影しましたので、なにか物足りませんね

しかし、彫刻といい、多くの石造物といい、歴史ある立派な神社でした
また、この辺を通るとき、再訪しましょう