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2024年3月31日

丹波市柏原 柏原八幡宮 約半世紀ぶりの本殿改修が完了し参拝に、なんと中井正貞の刻銘を見せていただく機会を頂きました

令和5年12月20日、丹波市柏原町柏原  柏原八幡宮が約半世紀ぶりの本殿改修が完了しましたので、やや暖かくなった、令和六年三月、改修後の姿を拝見すべく参拝いたしました


参道から見る、第一鳥居、きの根橋

お、久しぶりの石段、やはりきついね!

社務所前に神戸新聞の記事が貼られていましたので、パチリさせていただきました

柏原八幡宮
本殿 半世紀ぶり改修完了
檜皮の屋根ふき替え、耐震補強も
社殿など境内の大規模な修繕が進む柏原八幡宮(丹波市柏原町柏原) で、約半世紀ぶりの本殿改修が完了した。
同八幡宮では創建千年とされる2024年に向けて、「令和の大修造」と銘打って社殿や鳥居など、さまざまな修復工事が行われている。本殿は1976(昭 和5)年に解体修理と屋根のふき替えが行われて以来で、近年の激しい風雨も影響して雨漏りなどの損傷が生じていた。
昨年8月から工事を開始。日本独自の工法で、丹波市山南地域に伝わる伝統ひわだ技術「檜皮ぶき」の屋根は、地元の職人らによって全面がふき替えられた。 元の部材を極力維持して柱やはりなども修繕。耐震補強もした。
本殿の彩色についても詳しく調査した。同八幡宮によると、江戸時代までは極彩色だったが、明治期以降は白木の社殿が好まれるようになり、彩色復元を行わなくなったという。
将来的に江戸以前の姿を取り戻したい考えもあり、今後に備えて、顔料分析を行い、彫刻の見取り図を作成した。…上社務所前の資料より


この石の参道も修復されるのですね

改修された鳥居前から眺める、拝殿・本殿

葺き替えられた本殿・拝殿
左吉の狛犬も、うれしそう?

本殿、背後より

今回特別なことが起こりました
拝殿の前で、宮司さんにお会いできました
宮司さん、今は解散しましたが、中井顕彰会の会長さんを務めておられました

お話によると、拝殿のとあるところに、なんと「中井正貞」の刻銘があるとのこと
と、いうお話で、宮司さん「私が許可するから構わない」ということで特別の許可が下りましたので、拝殿に上がらせていただき、撮影させていただきました

1枚目は「物師 中井正」までしか見えません

2枚目で、「正貞」を確認できました

で、合成してみました「彫物師 中井正貞」です
いや~ 感動ものです
そうです、六代目中井権次橘正貞です

長年、柏原町、柏原八幡宮通っていますが、中井一統の足跡とは知っていたものの刻銘は見つけること、あることさえ知りませんでした
中井権次の足跡を追っかける私にとって、なんとありがたいことか!
このような機会を頂いたことに感謝します


三重塔…ここから中井一統の足跡が始まったといっても過言ではないでしょう

手水鉢

天保四(1833)の銘が読める

本殿・拝殿の葺き替え、改修が無事終わり、めでたいことです

そして、私にとって、一大事が起きました(前出)
そうです、宮司さんから「中井正貞」の刻銘の場所、そして撮影許可をいただき、写真の納めることができました

中井一統の居もあった地ともいえる、丹波市柏原町柏原

柏原八幡宮…記事によれば、鳥居の解体修理や「透塀」の建て替え、参道の修復を今後予定し、2024年度中に全ての工事を終える見通し、同年11月には創建千年を祝う祭事が開かれるとある

無事、工事が終わることを祈るばかりです












2024年3月30日

生瀬トンネル311m開通  トンネル走行動画  上り、西宮北方面から宝塚へです


国道176号線、渋滞の名所?が解消するか、密かに期待している私です
そうなんです
この信号で、土日祝の行楽時は大阪方面は延々と渋滞していました
いま、名塩道路整備推進中です
その一環として、生瀬トンネルが開通しました
と、いうことで、復路(三田市方面)をスマホで動画撮影してみました
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2024/03/blog-post_12.html

今回は上り、西宮北方面から宝塚方面を同じくスマホで撮影してみました





見ずらいとは思いますが、その辺はご容赦ください
撮影機材は、HUWAI honor9
前回同様、養生テープで、ダッシュボードに固定して、撮影しました


しかし、動画撮影って面白いなぁ!
いろいろ撮影してみようかなぁ!










2024年3月29日

久しぶりの青空、そして飛行機雲

このところ、雨が、そして夜半には雷が鳴り響く日が続いています

今朝はその合間?よき天気です
そして、久しぶりのウォーキングです
そんな朝、東から西へ飛ぶ、おそらくJAL機
Pentax Q+06 TELEPOHOTO ZOOMが今朝のお伴です


f4: 1/640: 251mmでパチリです
ノートリミングです

よく写ります

飛行機撮影いきたいなぁ!









2024年3月28日

Microsoft365・Office 更新ができません・・・って、さぁどうする?

知人のお婆さんから頼まれました、PCの修復です
TOSHIBA dynabook B25/33BB
 

        仕様をみてみました
        2016年製のようです
        いや~ これは手ごわそうですね!


お婆さん、曰く
更新をしたら、アプリケーションエラーが出て動かないのよ…って
エラーコード 「0xc0000142」
Office アプリケーション起動時のエラー 0xC0000142 が表示される場合があります
と、Microsoftは云っています

確認すると…
どうも元々はOffice 2016がインストールされていた機種
更新で、Microsoft365になったようです
本人はただの更新のように更新したようです
お婆さん…御年82歳
いやいや、素晴らしいことです、Wordを使い、Outlookでメールをやり取りされています

私のPCなら、Officeのプロダクトキーはわかるので、システム復元で戻し、万一Office2016がおかしくても、再インストールという手段をとるが…
お聞きすると、そのようなものは見つからないようですので、調べてみました

そうすると、たくさんの記事があります
同じ事例があるのですね

このエラーの発生原因は、システムファイルやレジストリの破損らしいです
また、Microsoft Officeツールのインストール方法が不適切なことや、マルウェアなどのウイルスに感染した場合も発生することがあります

おそらく、Microsoft365への更新処理がうまくいかなかったのでしょう
これは、御年82歳には難しいかもしれませんね

Microsoftのページでは…
コントロール パネルから Office を修復する

Windows 10 の Windows [スタート] ボタン を右クリックして、ポップアップ メニューの [アプリと機能] を選択します。

[アプリと機能] を表示しているスタート メニューから修復する Microsoft Office 製品を選択して、[変更] を選択します。 オプションが表示されない場合は、右側の 3 つのドットを選択します・・・と、あります

ここで、迷いました
・Microsoft365か? Microsoft Office Home and Business Premiumか?
ここは、元々のMicrosoft Office Home and Business Premiumを選択しました
これが吉と出るか凶とでるか?


許可します

確認です

修復が始まりました

お! 待つことしばし! 完了しました

再起動しました
しかし、起動まで待つことしばし、しかし長い~

Wordも無事起動、作成できました

Outlookでメール受信もできました
そして、スタートアップで、不要なものを無効にしました
アプリを使い、レジストリの不要なものを削除しました
システム詳細設定では、パーフォマンス優先に変えました
仮想メモリーも設定しなおしました

で、少しは、はやくなったでしょうか?


SW/Onからタスクバーが表示されるまで「1分31秒」

まずまずかな?

これで、持っていきます
果たして、喜んでくれるでしょうか?

SSD内蔵のPCを使っていると、HDD起動には戻れませんね!








2024年3月27日

ハナモクレンが美しいです

青空に、ハナモクレンの花が映えます
満開ではないですが、上の方は蕾ですね」


アップで…


久しぶりに、Sharp AQUOS sense4 で撮影してみました
バカチョンですが、きれいに写りますね







2024年3月26日

舟城神社の狛犬は、柏原大新屋の石工伊助(のちに難波金兵衛)の作品です

県指定重要有形文化財の本殿の前に座る、狛犬
本堂と比べて、その大きさがわかります

この狛犬は、柏原大新屋の石工伊助(のちに難波金兵衛)の作品なのです
この狛犬は、柏原大新屋の石工伊助(のちに難波金兵衛)の作品です。
石工として有名な丹波佐吉(江戸末期日本一の名工)を養子として引取り、師匠として親として「石の心」 を教え育てたことで知られています。 (安政四年三月奉納)

阿形



奉納は…
安政四 (1857) 願主:荻野新四郎?吉  現住覚良代

野村 細工人伊助

吽形





これまで、難波金兵衛の狛犬・石灯篭を探し巡ってきました

丹波市春日町野村の春日神社の狛犬の刻銘「 石工 當村 難波伊助」
丹波市柏原町鴨野の加茂神社の二代目・難波金兵衛作の狛犬の刻銘は「大新屋 石工 金兵衛」 安政二年(1855)とありますね

という刻銘から、舟城神社の狛犬の刻銘「安政四(1857)細工人伊助」は「のちの難波金兵衛」なのかという疑問が私にはでてきまして…謎に思えますね
こういのを憶測で調べるのも面白いです


難波金兵衛さんも現在六代目らしい
本当はお店?会社にお尋ねしてお聞きするのが一番ですが、私が勝手な想像で遊んでいるほうが楽しいですね








2024年3月25日

県重要有形文化財に指定された「舟城神社本殿」を訪ねます

中井権次一統の足跡をでもある、兵庫県丹波市春日町長王1、舟城神社です
その本殿が、県重要有形文化財に指定されましたので、またまたその姿を拝見に参拝にきました


一山?登ってきました

定番の撮影ポイント
Ricoh GX200 19㎜

画角差をまたまた、比べてみました
NikonZ7 24mm

県重要有形文化財に指定された「本殿」

なんど見ても、大きくて素晴らしい

「牛神さん」として信仰を集め、本殿は1749年に播磨・丹波地域で活躍した大工が建てたとされる、大規模な入り母屋造り
賽銭箱から手前に伸びる向拝部は、その108年後安政三(1857)に延長して作ったものです
本殿、彫刻は、中井権次一統の世界にて…
https://nakaigonji.blogspot.com/2024/03/blog-post_25.html


社務所に掲示されていました

舟城神社は寛延ニ(1749)、大工の播州多可郡塚口新田村の飛田平蔵が建築
棟札が保存されており、建築年だけでなく改造年も明らかと
本殿は北面しており、神社としては珍しいという
創建は文安三(1446)で、現在の本殿は再々建である
…丹波新聞より引用

そして、舟城神社のホームページには、県指定重要有形文化財となった「棟札」の説明がなされている

その内容は…
創建は文安三年(1446年)、 萬治元年(1658年)には初代教明和尚により古社再建が行われました。別当寺 天台宗 天王山覚王寺として発興し江戸時代の終わりまで僧侶による加持祈祷、祭祀、神社の管理運営が行われました。

棟札側面を見ると「萬治元年戊戌年前住教明建立今至寛延二己巳年○九十二(?)年再造立古宮南渓七間十五間山切開人歩二千八百余普請人足千五○○」とあり、表面には「皇帝萬歳臣統千秋、神風永扇威光倍増、風雨以時災害不起、五穀成熟萬民○○、寺院安全興隆佛法、檀信帰崇諸縁吉利」等の記載が見られ神仏習合当時の信仰の様子が窺えます
と、あります


社務所に掲示された舟城神社のご案内


この神殿は、寛延二年(1749) 祇園牛頭天王社として奉建されました。 素戔嗚尊と牛頭天王の神仏集合です。 昔神社の鳥居前に牛市場があり、耕作用に各農家で牛を飼っていたので、牛神さんだと牛を連れての参拝で賑わっ ていました。子牛が当たる富くじなどもあったそうです。 本当はもともと疫病退散の祇園信仰で、二〇か村がお金を出し合い建立した神殿でした。 本殿には、牛に乗った須佐の男命の御神像と、牛に乗った薬師如来像があります。やはり牛との縁は切れないよう ですね。 境内の桧一六〇本を売払い樫材木を買い集め、なおも篤心者のご寄付を頂き、人足二、八〇〇余人で山を切り開き、 普請人足一五〇〇人余永えいとして七年の歳月をかけて完成した神殿です。機械のない時代に凄い労力ですね。 昔の人は偉かったですね。
賽銭箱から手前に伸びる向拝部は、その一〇八年後(1857)に延長して作ったものです。 木鼻やその他を飾る彫刻も見どころの一つです。同じ中井家の彫刻師の作風も一〇八年の時代の流れがみられます。 本殿は神の宿る完成した彫眼聖獣で枠にピッタリおさまっているのに対し、向拝の彫刻は今にも飛びかかるかの力をためた手足の筋肉、ガラスの光る目で人を威喝する形相で、枠から飛び出そうとする姿、その差も面白いと思い ます。本殿が真北を向いているのもめずらしい神社です。 来年令和三年は図らずも丑年にあたり、残念にも疫神の怒りか北の方角は金神病符でよくありません。御祭神に日 頃の健康を感謝してコロナ感染症厄疫消除をお願いしてください。 本殿の右手に見える大きな屋根は江戸時代からの天王山覚王寺の事務取処と本堂の建物です。 今は神社の社務所として使用しています。住宅としては不向きですよ。



手水舎

嘉永二(1849)とある


神社の神様のお姿

見上げてください↑(上写真)

社務所
社務所・庫裡には、中井青龍拳の銘がある品があります(装飾彫刻探訪記掲載)

文化財に指定された棟札には残されいる記述には本殿の創設、再建の年号がある
私なりにまとめてみました

社務所に掲示された舟城神社のご案内と、棟札から記述(舟城神社由緒による)、四つの年号がわかる

・創建は文安三年(1446年)
・萬治元年(1658年)初代教明和尚により古社再建
・この神殿は、寛延二年(1749) 祇園牛頭天王社として奉建
・向拝部は、その108年後の安政四(1857)に延長して作った


この神殿は、寛延二年(1749) 祇園牛頭天王社として奉建の記述からみて、本殿彫刻は、先人の記述にもありますが、柏原、中井言次君音定忠 (享保7年(1722)~-天明7年(1787没))の手になるのではと思われます

その108年後の安政四(1857)に向拝が増設された年号からみると、その時代に該当するのは、七代目権次橘正次(文政五(1822)~明治16(1883))ではないか?

そして、庫裡の欄間の鶴には、柏原青龍軒の刻銘があるが、これは、五代目・丈五郎橘正忠(1750年~1818年)屋号に「青竜軒」を用い、以後代々引き継がれているため五代目以降です


なんだかんだ一人推察をし、想像して楽しんでいますが、いかに!!


いや~ 実に楽しいですね


久しぶりの舟城神社での新しい情報もしりえました

残念ながら、手水舎付近にいて、吠えられるワン公はいませんでした
元気にしてるのかなぁ?

また、伺いましょう…



本殿、彫刻は、中井権次一統の世界にて…
https://nakaigonji.blogspot.com/2024/03/blog-post_25.html