日吉神社から、距離で3.5km・・又々、円山川を、山陰本線を跨ぎ、県道104号線を進みます
鳥居の前につきました・・うん?
この風景、覚えがある・・・何時かは思い出せないが、この付近に仕事できた記憶がよみがえってきました!・・・
あぁ、恐ろしきかな・・現地に来ないと思い出せない、和田山町は来たことがあるのは覚えているのだが、この赤淵神社の付近だったとは・・・いややね!歳は取りたくないね!!
考え方ですが、鳥居の前に来て、・・・
うん?・・来たなぁ・・っと、思い出したことも褒めてあげようかなぁ・・近頃、物忘れがひどいしね!
赤淵神社・・
この門はかって当社の神宮寺であった神淵寺の山門であった。創建年は不詳。現在の門は、文政十三年(1830年)に多数の貴捨により、再建されたものである。 威風堂々とした佇まいで、随所に丹波柏原の彫物師中井権次による見事な彫刻が施されている。二階には高欄を巡らし、内部にはかって大般若経が納められていた。この門をくぐると除疫福徳があると伝えられる。・・・案内板より引用 |
随心門・・・
なにやら、すごい門が見えますぞ・・・・!
勅使門とは、勅使が神社に参向する際、勅使の通行に用いられる門である。創建年は不詳。現在の門は、寛政十一年(1799年)に多数の貴捨により、再建されたものである。 円柱の丸柱に、前後二本ずつの控え柱を立てた四脚門方式で、材質にはケヤキが使用されている。扉の上部に見られる鳳凰の透かし彫りや、木鼻、蟇股など見事な彫刻は、丹波柏原の彫物師、中井丈五郎、久須善兵衛によるものである。・・・説明板より引用 |
赤淵神社 本殿・・・
本殿は室町時代(1336~1573年)初期に建てられたもので、三間社流造、こけら葺、桁行4.8m、梁間3.1m、正面と両側面に高麗付縁を巡らせている。身舎内部は内陣と外陣に分かれ、正面に格子をはめ、中央には階段を設けている。再三改修のあとはあるが、蟇股、懸魚、妻窓などに当時の建築様式を残している・・案内板より引用 |
狛犬・・円座に座っている・・刻銘は不明・・
楼門の部位・・・
下の写真は小サイズで掲載しています・・・クリックいただければ大サイズになります!
ググっていくと、和田山郷土資料館に赤淵神社のパンフがあるらしい・・・
機会があれば、伺いたいものですが・・・・(^^;)
では・・・中井権次の足跡を巡って・・観音寺へ、参ります・・・
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