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2015年4月1日

満福寺・・中井権次一統の足跡を巡って・・しかし、大ミスを!・・兵庫県養父市十二所!

中井権次の足跡を巡ってます・・・本日は、兵庫県養父市の満福寺へ参ります!
・・・2015年3月27日の参詣です!・・・
我が家から、舞鶴若狭道、北近畿豊岡自動車道を通ります・・距離99.6km 1時間30分の行程です!
往路は、高速・・復路は、中井権次の足跡を巡って、国道を、県道を南下してゆきます!
本日の、予定では2寺院、4神社を訪ねます・・・

満福寺です・・・

・・いやはや・・! 大失敗です・・本堂だけ拝観して、観音堂を、拝観をしていなかったのです・・・
またまた、トンチンカンことをしてしまいました・・・別の日に、再訪問いたします・・・
ですから、今回の満福寺は、本堂のみ・・・m(_ _)m

満福寺・・今から1200年前に僧行基によって開かれたと伝えられる真言宗の名刹です。
県道6号線から、林道でしょうね・・車1台分の車幅の道を上ります・・・・

仁王さんも新しく、お色治しか、門は立て替えかなぁ?
仁王門をくぐり、苔むした参道を上がります・・
おおおぉ、観音堂です・・参道を上がった瞬間に・・鳳凰が、龍の凄さが・・感じられます!

新宮山 満福寺縁起・・・
新宮山満福寺は、聖武天皇の天平年間(729~749年)に、行基菩薩によって開基された。本尊は行基自ら刻んだと伝えられる等身大のの秘仏、千手観世音菩薩である。創建時一人の翁、即ち、新宮権現が現れ、山の守護神とな。
盛時は七堂伽藍十九坊があった。
弘仁年間(810~824年)、弘法大師来錫を契機に、真言密教の道場となり、安産の秘符を留め置かれた。天正年間(1573~1592年)、豊臣秀吉の山陰攻めの際、伽藍はほとんど、焼失した。天平以来幾多の興亡を繰り返すも、但馬高野として法灯連綿として、今日に至っている

正面の兎の毛透しの鳳凰は、今、飛び立とうか! と、いう姿ですね!
龍もお見事しか、いえません・・・!
お見事しか、いえません・・・!
向排内側より、眺める・・・唯々、見入るばかりである・・・
これから下の写真は、小サイズにて掲載しています・・・クリックいただければ、大サイズになります
彫り物の素晴らしさをどうぞ・・・!

梁下の兎 二匹・・・




不動明王
安政元年(1854年)の刻銘が読める・・・

本堂、寺務所・・・

本堂、大屋根・・龍が守っていますね!!

満福寺、本堂を拝観いたしました・・・観音堂、残念ながら、大ミスです・・・そう、拝観しなかったのです!

近日中に、養父市の中井権次の足跡を巡りながら、再度、伺います・・・m(_ _)m



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