篠山市の神社を巡っています
篠山市西八上349-1、稲荷神社です
国道372号線沿い、路肩には「P」することもできず、いつも、横目で見ながら往来していました
しかし、今回、西八上公民館の付近に「P」させていただき、参拝することができました
法光寺城跡(国史跡八上城跡)
法光寺城は、八上城西麓の殿町に存在した城下町を守るために築かれた支えの城である
法光寺城の築城によって城下町はその西に強固な防衛線を有することになる
法光寺城築城の時期は天文年間(1532~1554)頃と見られる。永禄二(1559)年、波多野氏が摂津芥川城主三好長慶の軍に八上城を攻められた際、法光寺城が敵将内藤宗勝の手に一時わたったという記録がある・・・案内板より一部引用
稲荷神社、社頭です
参道を登ると、石灯籠が並んでいる
右から、?寅と読めるが不明、文化三(1806)年 文化十(1813)年とよめるが、左端は不明
社殿
由 緒:元禄十四年(1701)創立、寛政三年(1791)、本殿覆屋再建
向拝
左脇障子
右脇障子
さぁ、戻ります・・・この石灯籠は、寛政八(1796)年と読める
国道372号を挟んで稲荷神社社頭の前にある、西八上公民館
法光寺城跡(国史跡八上城跡)の案内板があるので、恐らく、登山口でしょうね!
八上城跡の説明を読めば、織田信長、明智光秀の丹波攻め際の、八上城への兵糧攻めは悲惨そのもの・・・戦国時代では当たり前のこと・・!
・・・篠山市の神社を巡る際には、明智光秀の丹波攻めは忘れてはならない出来事です
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