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2017年6月23日

香山公園、「香山墓所」「露山堂」「枕流亭」・・を散策します・・・山口県山口市!

山口県山口市を旅しています

香山公園は、「瑠璃光寺」を中心に一帯を公園化した公園で、「露山堂」、「枕流亭」、「香山墓所」など 明治維新を語る上で重要な史跡も数多くあります



この案内図から、「香山墓所」「露山堂」、「枕流亭」を巡ります を頭に入れて、散策いたしましょう・・・



香山墓地・・・ この墓地は、萩藩主(毛利本家)の墓所で十三代敬親公が文久年間に居城を萩から山口に移して以降の墓地として使用するために造成されました 明治四年に敬親公が山口で没してこの地に葬られ、以降の墓地として使用されています


うぐいす張りの石畳・・・ このあたりで、手を叩くか、強く足踏みをすると美しい音が返ってきます 「うぐいす張りの石畳」と呼ばれ親しまれています 人為的につくられたものではありませんが、前方の石垣や石段に反響して美しい音色を出すとものと思われます

もちろん、手を叩きました・・・美しい音色が返ってきました・・・ホントですよ・・(*^_^*)

史跡 萩藩主毛利家墓所・・・



墓所より、うぐいす張りの石畳を望む・・・



露山堂・・・

文久三年(1863)四月、萩藩主毛利敬親は幕末の政情に処するため藩庁を萩から山口に移し、今の県庁の所に政事堂を建てた その時政事堂の近くに一露山の麓に茶室を設け、一露山の一の字を省いて露山堂と名付けたのがこの建物である・・・

敬親は茶事にことよせて身分に関係なく、この一室に集めて討幕王政復古の大業について密議を凝らした一部省略・・・
・・・案内板より引用

誰が袖の手水鉢・・・
・・この手水鉢は、京都小堀家から岩国の吉川家に贈られ、その後毛利敬親に献上された由緒あるものです
側面から見ると着物の振袖のような形をしているので、この名がついたといわれています(残念ながら、レプリカです)




枕流亭・・・
この建物は旧家安部家の離れ座敷で、一の坂川のほとりにあったので「枕流亭」と呼ばれていました、慶応三年薩長連合軍による出兵を協議するため、薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀などが山口を訪れ長州藩の木戸孝允、広沢誠 臣、品川弥二郎、伊藤博文などと枕流亭で密議したと伝えられています
この建物は江戸時代末頃建てられたと考えられています・・・案内板より引用


引き違い戸を開けて自由に拝見できます・・・



この枕流亭に慶応三年薩長連合軍による出兵を協議するため薩摩、長州藩のかの有名な侍が集まったと案内をみれば、う~ん!! その時代にタイムトラベルしているようです・・・(*^_^*)


広大な香山公園・・「香山墓所」「露山堂」「枕流亭」・・を散策しました!!

ほんと、山口は凄いところと改めておもいますね・・・!



訪問日:2017年5月25日








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