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2015年7月22日

倉垣天満宮!・・大阪府能勢町観光、歌垣コース!

2015年4月28日・・野間の大けやきを訪れたとき、大阪府能勢町観光のガイドを、購入しました!
http://a-shi-a-to.blogspot.jp/2015/04/2015427.html

そう、この表紙の倉垣天満宮へまいります・・・
しかし、国道477号線、旧道、道幅狭く、路肩にも乗り上げできません!・・歌垣小学校の隣・・・「P」できません・・う~ん! 困った!
ふと、見れば、向かいに、JAさんの空き地が・・今日は祝日、お休み・・すみません!ちょっとだけ!「P」を・・

この石鳥居に・・延享三年(1746年)の刻銘が・・・
この時代の天皇は桜町天皇、桃園天皇。江戸幕府将軍は徳川吉宗、徳川家重である・・・
参道を進むと、杉の巨木に挟まれた参道が
          

この絵柄こそ、観光案内の表紙です・・・「いにしえの、魅力をめぐる、散歩道」・・すてきです!
拝殿? 舞殿?
倉垣天満宮・・・
天喜二年(1054年)領主源頼基が山城国北野天神の分霊を歌垣山の頂上に勧請し示巳ったのが起源とされ、祭神、菅原道真公である

参詣の便をかんがみ、天正十二年(1584年)現在の場所に造営された・・・観光パンフより引用
倉垣天満宮の背後にある歌垣山・・・・
古代では、共同体をさらに確かなものにするため、神を祭祀する斎庭が必要となり、その一つが歌垣山であったと考えられる。農耕祭祀のかたわら、若き男女の宴や歌垣の集いの場になったと思われる。麓に広がる倉垣盆地(千石谷)を眼下にして、剣尾山、三草山、妙見山等の山々が望まれ、月の出の眺めがよく、平坦な山頂は「歌垣」に格好の場所となった・・・観光パンフより引用



倉垣天満宮のイチョウ・・・大阪府天然記念物!


歌垣山から現在地に造営になった天正十二年(1584年)にはすでに「翠枝千年なりきと いわれるこのいちょうは、植物学上からは中国語来説により樹齢400年といわれている。
秋の黄葉は美しく昭和十三年(1938年)大阪府天然記念物に指定されている
幹周り:9m 樹高:22m
          
          

諏訪大明神・・・


諏訪大明神前より、倉垣天満宮の拝殿をみる・・結構、広い、境内・・祭りが開かれるのやろね!

では、「P」も気になるし、降りましょう・・・・
表紙を飾るだけあって、いい雰囲気でしたよ・・・! 



参拝日:7月20日









1 件のコメント:

  1. sachiko takahasi日曜日, 05 3月, 2017

    とても風情があってよいところですね!
    実は私は,旧姓「倉垣」なのです。実家は横浜で何千年も続く旧家です。
    能勢と横浜どんなつながりがあったのか知りたくなりました。
    すぐ、近くには「笹下城」があったそうです。

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