この辺はすべて、農道ですから、大っぴらに走ると、睨まれます・・・
まして、登山者、ウオーキング者の方々の行動があまり評判がよくなかったようです・・・
なんで、あんた、知っているの?・・・実は、数年前、この棚田のある一軒のお宅に伺ったことがあり、その折り、諸事情を聞いたことがありますので・・・・
観音堂並びに宝篋印塔は清山寺から移したもので、この塔は概ね完存にして町内最大級の優作で、刻銘によれば、文和三年(1354年)大乗妙典を法界衆生の平等利益のため作善供養した証として造立したものである・・・案内板より引用
文和三年(1354年) 南北朝時代 総高:206.7cm
寺の前に立つ、宝篋印塔の説明板・・・・
回り込むと、いてました・・・狼!
ここで、源満政霊廟の位置がわからず、通りすがりの方にお聞きすると・・その方も知らない!
尋ねてきます・・・と、慈眼寺のものですからと、いって・・・出てこられたのが、ご住職!!
ご親切に教えていただきました・・・なんと、慈眼寺へ来た、道だったのです!
この慈眼寺は、曹洞宗・・・日蓮宗ではない・・なぜか、知りたいが、この辺は深く聞かないほうがいい・・・と、おもう!
参拝日:7月20日
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