名草神社で調べていくと・・・・後ほど、訪れる予定の、高野山真言宗、日光院の関係が・・・
その高野山真言宗、日光院のホームページでは、名草神社の史実が異なると述べている・・とある!
そこは、興味津々・・・ググってみました・・・
見上げると・・えぇぇ!・・・左の石燈籠、笠部分から上が落ちているよ・・・
奥に見える本殿も・・・
災害は、平成二十四年四月、3mを超える大雪によって本殿、拝殿の屋根の一部が雪の重みで折れました。又、本殿や拝殿は二百五十年という歳月が経過しており、基礎が沈んで建物の土台が破損しています・・・と、あります
平成26年6月より平成30年春完成予定での災害復旧工事が計画されています・・・
総事業費約六億、そのうち、地元負担金三千万円・・・
自然災害は誰の責任ではありません・・・応援するのみです!
写真下:災害前の姿・・・観光ミニパンフから引用・・
本来の目的にて、社殿を拝見いたします・・・
最初に感じたこと・・やはり、この本殿、建物は神社建築形式ではないのでは?・・と!
・・・左右に花頭窓を設け、寺院本堂みたいに見えますが・・、私感です!・・・
写真左下:本殿前にたつ、案内板 写真右下:本殿横に外され、立てかけられた旧案内板
桁行九間、梁間五間、正面三間・・(文字判読不可)・・屋根はこけら葺きで入母屋造り、正面千鳥破風、軒唐破風をつける。棟札によると、宝暦四年(1754年)の建築とある。平面は七区に分けた内々陣を中心に??に外陣と四周の庇で構成されている。
ここは、真言宗の神仏習合の社殿として、建???とくに重視すべきである
柱は身舎の部分は円柱、庇を大面取柱、向排を几帳面取方柱とし、組物は外廻りを出三斗、正面庇と外陣のさかいを出組、内部を二手先とするなどところによって意匠をおかえているのも興味深い・・・
新案内板は・・・彫刻は精巧で、向排の両側の柱には口をおさえた獅子と耳をおさえた獅子、その上には力童子など、多数の彫刻がある(写真下)
平面は内々陣、内陣、外陣の三区に分かれ、その周囲に庇がめぐるもので、江戸時代の神仏習合の神社建築として特筆される・・・
唐破風、向拝下・・
天井も細かい格子天井となっていますね!
花頭窓から覗いて、パチリです・・・なんと、狛犬がいてはりました!
拝殿・・・
梁間二間、桁行五間の大きな建物です。
屋根は入母屋造で、こけら葺き、元禄二年(1689年)です
拝殿中央には3.1mの土間の通路になっており、本殿に向かう人が通る構造・・割拝殿です
正面から見ると石垣の上に龍拝殿で、石垣から前方に縁が張り出し、石垣の下から3.5mの柱で縁床を支える、懸造りです。絵馬はほとんど見えません・・・
そして、天井が黒い・・・護摩堂だったとの説があります
社務所・・・
梁間七間、桁行十三間 入母屋造、鉄板葺
龍を狙っているのか、獅子?虎?が竹に両足をおき、構えている 両側には竹、葉の意匠が見られる・・・
・・・復旧工事がされていないよなぁ・・
国、兵庫県、養父市が負担するでしょうが、・・復旧費用も凄いです!
但馬地方、養父市の素晴らしい、文化遺産です・・・史実は史実として、しっかり、守りましょう!
山、上がってきて、大正解でした・・・・
復旧工事完成が平成30年・・・さぁ、再び訪れることができるでしょうか?・・・
下山時、「P」近くの場所より、パチリです・・・いい眺望です!
参拝日:7月3日
・・・・これより本殿の彫り物、各部位の写真です・・・
龍の髭からして・・中井一統の作か?・・・私感!
しかし、中井一統と思われる表記がパンフにはあるが・・・?
花頭窓の部分を向排下より見る・・(この内部に上部、狛犬がいてはります)
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