2018年3月30日

八上内 春日神社・・篠山市の神社巡り・・兵庫県篠山市八上内735

篠山市の神社を巡っています

兵庫県篠山市八上内735、春日神社です
丹波篠山五十三次の石標と、八上城跡の案内板が新旧3枚も掲示されています
その案内板の脇道を左折すると・・・社頭です
高城山(八上城跡)への登山道 左に道標の石標がありますが、読めません
参道です・・・土塀が朽ち果てかけていますね
石段の両脇に立つ、石灯籠・・・寛政九(1797)年とある
拝殿
社殿


御祭神:天児屋根命
由 緒:戦国時代の初期、永正五年(1508)波多野下野守秀範が八上村奥谷丸に居城した当時、下朝地村に祀られていた若宮を当荘の総社とした。その後、天文年間に波多野右ヱ門大夫秀治が朝地山に八上城を築き、元亀元年(1570)この若宮を城の北麓たる現在の地に遷して波多野家の祈願所としたが、これが現在の春日神社であると伝えている。
天正七年(1579)明智光秀の丹波攻略で兵火に罹り、社殿、宝物、古記録等を焼失、同十年に社殿再建、承応二年(1653)篠山城主松平若狭守より田地1反歩を除地とされた。延宝九年=天和元年(1681)にさらに社殿再建、その際の棟札が残っている。明治6年八上村村社に列せられ、同44年に屋根替えを行なっている。
当鎮座地は八上城跡の登り口であり、丹波篠山五十三次に当る。
境内は主膳屋敷と称し、八上藩主前田主膳正茂勝の館のあった所である


向拝
・・梁の上に力士がいますね
こちらにも力士!
こちらにも力士!
板蟇股には彩色されていたように見えますね・・

             左脇障子

石灯籠・・文化四(1806)年と、よめる

         見上げれば、巨木が立ち並び、奥にお堂が?
             ご神木

梵鐘がありますね・・・神仏習合の名残か?
上からみた境内


国史跡 八上城跡

八上城跡は「丹波富士」と呼ばれる高城山(標高462m)に築かれた八上城を本城として、奥谷城、法光寺城、からなる東西3kmに及ぶ 大規模な中世の山城です
応仁の乱の後、多気郡守護代となった波多野氏が16世紀前半に高城山に築城しました
1579年、織田信長の丹波攻略の一環として、明智光秀による兵糧攻めによって、八上城は落城し、波多野氏は滅亡しました
作家井上靖氏は、小説「戦国無類」に「なんと美しい山、 なんと美しい城だろう・・・」と称しています・・・案内板より引用





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