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2015年11月21日

紀伊大島、樫野崎灯台へ・・紀伊半島、縦断のひとり旅!

紀伊大島、樫野崎灯台・・・


串本観光パンフの地図では・・・

樫野崎灯台は、ムスタファ・ケマル・アタテュルク騎馬像のすぐ先にあります
樫野埼灯台・・・~日本最初の石造灯台~
この灯台は、慶応二年(1866年)江戸幕府とアメリカなど4ヶ国との間で結ばれた江戸条約で建設が決められた8灯台のうちの一つです・・・

「日本の灯台の父」として知られるリチャード・ヘンリー・プラントン(英国人)が、我が国で初めて手がけた石造りの洋式灯台で、明治2年(1869年)3月着工、翌、明治3年(1870年)6月10日に点灯されました・・・

位置: 北緯 33度28分18秒 東経135度51分43秒
光の強さ:44万カンデラ
光の届く距離:1835海里(約34km)
高さ:地上から灯台頂部 約15m
   水面から灯火 約47m


樫野埼灯台・・・ここは、無料です!
潮岬灯台より小ぶりですが、観光客用の螺旋階段まであります・・・
灯台入口の銘板・・・明治3年6月10日に点灯・・と、あります
高所恐怖症気味の私、やはり、壁に背中押しつけて、一周します・・・(^_^;)


またまた、パノラマ写真・・・
旧官舎を灯台上より・・・

樫野崎灯台旧官舎・・・
灯台守が執務室や住居として使うために建てられたこの官舎は、、慶応二年(1866年)江戸幕府とアメリカなど4ヶ国との間で結ばれた江戸条約で建設が決められた8灯台のうちの一つです・・・ 明治3年(1870年)6月10日リチャード・ヘンリー・プラントン(英国人)が、我が国で初めて手がけた石造りの洋式灯台で、歴史的建造物です ここはトルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件の際、救助の拠点となったことでも知られ両国友好のにとっても大切な建物です 2011年3月の修理にあたっては、古い部材をできるだけ残して、昔の姿に再現され、ドアの木部には「木目塗り」と珍しい技法が施されています 竣工当時は現在の三角屋根ではなく四角い箱の形をしていたことが新たにわかりました また海に面した側の外壁は航行する船舶から見えやすいように昔のように白く塗られています・・・案内板より引用

残念ながら、本日は休館か?・・閉館している・・

樫野崎灯台は日本で最初の洋式石造り灯台です・・・
対岸の古座川周辺にある「宇津木石」が用いられています
「宇津木石」はマグマからできた石の中では比較的やわらかい石で加工しやすくこの地方では古くから建築用石材として広く利用されてきました
灯台旧官舎や周囲の石塀にも、「宇津木石」が用いられています・・・案内板より引用


樫野埼灯台、潮岬灯台と、歴史ある灯台を2ヶ所も拝見できました・・・
何度も記しますが、天気最高、空青く、海、波穏やかで、風、爽やか・・・ほんと、最高の日でした・・・

トルコ軍艦の遭難といい、その他海難事故で、多くの命を飲み込んだ海でもあります・・・
・・・今は、唯々、観光客としての目でしか見ていませんが・・・・

そんな海ですが、今日は、最高の海原として記憶に残しておきたいと思います・・・

・・平凡なおっちゃんの記憶遺産として・・・(*^_^*)


まだまだ、紀伊半島、ひとり旅は続きます・・・



訪問日:11月6日





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