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2020年3月22日

中井権次一統の足跡 木梨神社、兵庫県加東市藤田473 

中井権次一統の足跡を巡っています 
中井権次一統作品集 播磨・摂津 No6 兵庫県加東市藤田473、木梨神社です

右脇障子一部

木梨神社・・・度々走る県道17号線沿いです 
いつも横目で鳥居を見ながら、素通りです・・・今回、6年ぶりに参拝します


畑の中の参道、新しくなった鳥居の白色が目立ちます

案内板

十代崇神天皇の時、物部八十手がこの地に、八十枉津日神を祀りのち、将軍彦坐命が丹波の賊を征伐した時、当地において神託があり神社を創建されたといわれている。
また、木梨軽太子が神前に幣帛を捧げられた因縁から、社号を木梨神社と呼ぶようになったといわれている。
六十代醍醐天皇(平安時代)の時、将軍多田満仲公がこの里に大池(多田池)を築造され、同時に満仲公によって再建された由緒ある神社で、延喜式神名帳に記載された式内社であり、天皇の勅使参向の官社であった。
のち、この大池に大蛇が住むようになり、藤田三郎太夫行安が当社に祈願して、これを退治した伝説は有名である。 その後、藤田明神とも聖九社明神とも呼ばれたことがあり、明治6年(1873)11月郷社格に加列され、大正8年(1916)2月神饌幣帛料供進神社に指定される・・・案内板より引用


中国道下のトンネル?を潜って、社頭へ



割拝殿


延喜式内二十二年(922年)創建 本殿祭神 八十枉津日神

配祀神:大直日神、神直日神、底津少童神、中津少童神、表津少童神、底筒之男神、中筒之男神、表筒之男神

社殿は、完璧?に護られて、拝見できません


       左脇障子



左脇障子の背面に刻銘があります

當社彫物師
  丹波柏原住 久須善兵衛政清   中井丈五郎正忠



       右脇障子


左、妻飾り

右、妻飾り

木鼻

ニョキッと出ている? 木鼻

境内社

上、境内社の彫刻、かわいらしい表現です








       拝殿前の常夜燈 元文三(1738)と、読めるのだが?



手水鉢

舞殿


延喜式内二十二年(922年)創建で、「古社ですよっ」という、雰囲気が伝わってきます




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