ページ

2016年10月25日

石清水八幡宮・・国宝です・・・その一・・・京都府八幡市八幡高坊!

石清水八幡宮・・・
わざわざ記することがないほど、有名な日本三大八幡の一社の石清水八幡宮です!

宇佐神宮、石清水八幡宮は現在でも、勅祭社となっているほど、皇室からの尊崇も大きな、ご神徳ご利益も大きいのが八幡神

とりわけ厄除開運のご神徳は古来名高く・・・そう、なにを申しましょうか、私と同じ年月生まれの、友人と二人して、厄除開運に参拝させていただいたのが、そう、数十年前・・・大昔ですね!

同じくニュースで、国宝指定を受けたことを知り、参拝しなければ、思いつつ・・今日に至ります!
あれから、数十年・・・経過して・・・ 前夜、TVで、石清水八幡宮の修復工事の職人さんのなせる技の再放送を見て・・・
・・・嫁が行きましょうか?・・・っと!
・・・当日、天気も、最高・・・雲、一つ、ありません・・ほな、行きましょう・・・とね!

平成17年~24年まで、平成大修造が、ご本殿、弊殿、楼門、回廊が終わったとのこと・・・
さぞかし、美しい姿であることを期待して、参拝します・・・
前夜、事前調査の際、なんと、男山ケーブルが、点検の為、運休・・・おいおい!
と、いうことは、登山・・・まぁ、帰路は、歩いて降りるつもりでしたから・・・(^^;)

と、いうことで、国宝・石清水八幡宮を参拝しますが、あまりにも写真多いため、分割して作成します!

では、一ノ鳥居をくぐり参拝します・・と、実は、最後に訪れました・・
・・・訳は、「P」の位置が、二ノ鳥居の前なのです・・m(_ _)m
まぁ、お許しいただき、そこは備忘録、順路どうり、記します・・・

・・・扁額・・・「八幡宮」の文字は平安の三蹟・藤原行成の書を寛永の三筆・松花堂昭乗が書写したもので、「八」の字が神使の双鳩になっています・・・
参道、進むと 頓宮殿です・・・
・・・年に一度重儀が斎行される社殿とあります・・
高良神社・・・徒然草に登場する古社・・
創建は、貞観二(860)年とも同十一(869)年ともいわれ、慶応四(1868)年の鳥羽伏見の戦いの兵火によって炎上しましたが、その後、幾度かの再建・移築を経て、現社殿は明治39年に元の位置に再興されたものです・・・案内板より引用
二ノ鳥居・・・
・・・この手前に「P」があります・・・数十年前は、確か、車で上がった記憶があるのですが、分かりません・・
参道は、緩やかな坂の表参道、急な石段の裏参道・・・勿論、表参道を上がります・・・
緩やかな坂と思いしや・・なんと、それなりの石段が続きます・・
ここで、一町・・・109mですね!


松花堂跡・・・あの松花堂弁当の名の由来となった草庵跡地・・

上の方に、見えてきたようです・・・参道、石段の終わりです!
三ノ鳥居です
・・・この手前に一ッ石があったのですが、写真ありません・・「勝負石」と呼ばれ必勝・勝運の石なのですが・・
石畳の参道、両脇には、時代の異なる石灯籠が・・・あまりにも多くていつものように刻銘を探す余裕さえありません・・m(_ _)m
右手に・・重要文化財、石灯籠 永仁三年(1295年)・・

書院石庭・・・作庭家・重森三玲により昭和27年に作られた石庭
・・・石庭の東南の角には「永仁三(1295)年未乙三月」の刻銘が入った鎌倉期の石灯籠が配置されており、当宮にある450基ほどの石灯籠のなかで唯一、国の重要文化財に指定されています・・・案内板より一部引用
手水舎・・
ついにやってきました・・・南総門です・・
南総門前東側に立つカヤの巨木・・・樹齢700年以上、根周り7m、樹高約20m、樹冠30m
石清水八幡宮・・・細かくて、読めません・・・m(_ _)m

国宝・石清水八幡宮 御本社 全10棟・・・

南総門・・・山上の玄関口と説明にあります

社殿が西向きを確認するために・・・階段下より、パチリです・・・
・・・南総門から社殿を見ると、社殿が少し西側を向いていますね・・これは、御神前にて参拝したのち帰る際に、八幡大神様に対して真正面に背を向けないよう中心を外しているといわれています・・


と、いうことで、南総門までやってきました・・・

写真枚数多いため、分割にて備忘録作成します・・・m(_ _)m

続きます・・・国宝・石清水八幡宮へ・・・その二へ・・





0 件のコメント:

コメントを投稿