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2019年5月16日

三人寄れば文殊の知恵、智恩寺です・・・京都府宮津市文珠466

禅臨済 天橋山 智恩寺にやってきました
天橋立、四度目ですが、智恩寺は初めて参拝いたします
「三人寄れば文殊の知恵 」智恩寺です


禅臨済 天橋山 智恩寺

ここ智恩寺は、「知恵の文殊」とよばれ、またこのところの名から「切戸の文殊」「九世戸の文殊」とよばれて古くからの信仰の厚いところであった
寺伝によれば、その開創は千余年の昔、延喜年間という
世にいう三文殊と称するのは、ここ智恩寺に加えて、奈良櫻井市の阿部院、京都市左京区今戒光明寺(あるいは、これに代えて、山形県高畠町大聖寺)の三寺の文殊のことである


文殊堂


境内の風景にとけこんで、宝形造、銅板葺の屋根の御堂が智恩寺本堂文殊堂である
正面五間、側面六間で内陣は三間四方、創建以来幾度じゃ修復が行われたが、内陣中央の四本柱は、神代以来伝えて来たものという


堂内より、パチリです

正面五間、側面六間

木鼻

本堂横に建つ「鐘楼門」




二人の子女を相次いで亡くした宮津の商家木村正英によって、享保七年(1722)に建立された鐘楼門・・・二人の法名から「暁雲閣」と呼ばれています



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国指定重要文化財 多宝塔 室町時代(1500年建立)


上重は円形で亀腹を付け宝形の屋根を載せて相輪を付し、下重は周囲に方形の裳階を付けた形式の塔を多宝塔という
本寺多宝塔は、上重の柱等に記される墨書銘によって、丹後国守護代で、府中城主延永修理進春信によって建立され、明応十年(1501)に落成されたことが知られる
本塔は市内で唯一の中世建築遺構であり、かつ唯一の国指定重要文化財である
丹後地方には残存する古建築が極めて少ないなかで、創建の事情、年代が明らかな本塔は貴重な存在である





宮津市指定有形文化財 石造地蔵菩薩立像(室町時代)


ここには、南に並んで二躯、その北に離れて一躯の等身の地蔵菩薩像が立っている
いずれも右手を握って錫杖を執る形を示し右手には宝珠をささげている

右側は背面の銘文によると、応永三十四年(1427)に造立、離れて立つ北の一躯は、背面銘文から永享四年(1432)に造立されたことがわかる
これらの地蔵像については、雪舟筆の国宝「天橋立図」にそれらしい姿が描かれており、智恩寺の歴史とも関わりが深い



門前の「知恵の餅」のお店 吉野茶屋
・・・創業は、嘉曆年間(1326~1329)鎌倉時代ですね・・・

もち?ろん、お餅いただきました・・・店員さん曰く、赤福餅の元祖とのことです
・・・美味しかったです・・・写真が無いのが残念です


三人寄れば文殊の知恵・・・国内外、難問ばかりですが、皆で、よき知恵を絞り出し、そうすれば解決への道も開けることと思います・・・






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