2017年4月6日

淡河八幡神社・・・神戸市北区淡河町!

2014年8月・・・訪れました、淡河城!!
http://a-shi-a-to.blogspot.jp/2014/09/blog-post_18.html

その近くに位置する、淡河八幡神社・・・なかなか、参拝ができなく、素通りばかり・・・
本日、参拝がかないました・・・・

うん? 競馬の有馬記念と、なにやら、関係があるようです・・・後述

表参道

淡河八幡神社・・

有馬氏 八幡神社本殿造立(増立)

・・有馬氏秦敬神廟所・・
ご存知、中央競馬暮れのグランプリ『有馬記念』は、農林大臣有馬頼寧氏の数々の功績を称え 記念して出来たレース。この有馬頼寧氏の先祖が有馬則頼・豊丘父子。
則顛は三木市志染町磨三津田(満田)城で生まれ、後に淡河城主淡河氏を滅ぼして淡河城主たなる。
ここに誕生したのが豊氏。
有馬豊氏は八幡神社を崇敬神願所として尊んだ。
後に有馬豊氏は、豊臣秀吉の勢力拡大に多くの功を残し、秀吉の恩恵を受け久留米二十一万石の大名となり、益々の発展を見たのである
由緒(ご祭神)
  本殿・・・奈良時代末期 住吉の神 表筒男命
  本殿・・・平安時代中期 吉野の神 安関天皇
  本殿・・・鎌倉時代初期 鶴岡八幡宮 応神天皇
  末 社(裏参道) 武内宿祢命
   末 社(裏参道) 大山津見神

東播磨ノ国 淡河郷鎮守 八幡神社

・・祭神・由緒・・
奈良時代末期宝亀七年(775)に住吉の神「表筒男命」を、次いで平安時代中期仁平年間(1511~1154) に、吉野の神「安関天皇」を祀る

降りて鎌倉時代の初め、貞応二年(1223)相州鶴岡八幡宮より「応神天皇」の御霊を迎えて社号を若宮 八幡宮と称しその神域を八幡の社と呼んだ
創建以来、淡河郷(庄)一円の総鎮守と仰がれ又、淡河氏、有馬氏更に明石藩歴代の崇敬祈願書ともなった( 明石藩黒印高五石)


拝殿・・・前兵庫県知事 坂井時忠氏の書

神額


本殿・・神戸市指定重要文化財
・・・露出ミス・・m(_ _)m

末社(裏参道) 大山津見神

末社(裏参道) 武内宿祢命

淡河八幡神社御弓神事(県指定重要無形民俗文化財)


競馬はしませんが、『有馬記念』は知っています
・・・有馬記念一口メモ・・・
中央競馬暮れのグランプリ『有馬記念』は、農林大臣有馬頼寧氏の数々の功績を称え記念して出来たレースとのこと・・・この有馬頼寧氏の先祖が有馬則頼・豊丘父子と・・・

有馬則頼・豊丘父子が、淡河城主淡河氏を滅ぼして淡河城主と・・・いやいや、興味津々!
地域の歴史って、こうして知るしか術がないですね・・知れば知るほど、ググって調べている私がいます・・・

しかし、社頭に、有馬記念の経緯の案内板が最初に目に入るのも、また、これもいかに有馬氏と縁が深いかを、勝手に想像しています・・・

・・・・地域の歴史を知ることができ、よき、参拝でした・・・・







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