2017年4月16日

大阪造幣局・・・通り抜け・・初めてです!



そう、30数年、大阪で仕事をし、造幣局の周辺はよく通った場所・・・
しかし、ニュースでは、見ますが、実際に大阪造幣局の桜、通り抜け・・行ったことがありませんでした!

本日、所用で、この近所に来ました・・・そうや!桜、通り抜けや! 行ってみようと・・

なにやら、一方通行・・・入り口です・・・おおぉ! なんじゃ、この人の数は! 凄いや!
桜の開花は、いま、ひとつ・・・種類よっては開花していません・・・少し早かったようです?
まぁ、しかし、桜の品種なんて、見えません・・・
ただただ、上を向いて、桜を写す? 人並みを写すのです・・・(^^;)

スマホ、絶好調ですね!
しかし、拡声器で、中国語、韓国語・・勿論、日本語も・・・で、注意を呼びかけています・・・うるさいぐらいです!



創業当時のガス燈・・・国指定史跡

・・・造幣局では、構内にガス製造所を設けて、石炭ガスを製造し、それを燃料としたガス燈を明治4年(1871)から局内の工場 や宿舎付近の街路の証明に使用しました
大阪において一般向けにガスの供給が開始されたのは、明治38年(1905)のことですから、明治の初め灯った造幣局のガス燈に市民は驚嘆しました
ここにある二基のガス燈は、日常使用された我が国最初のものとといわれており、創業当時の玄関前にあったときの姿をとどめています・・・造幣局
やっと、最後になって、花の種類が・・・八重紅枝垂!
欽明門・鉄柵

欽明門について

明治5年(1872)5月から明治天皇が、近畿・中国地方に行幸される際、近代様式貨幣工場の造幣局をご視察されることになり、6月4日京都御所を出発し、午後3時40分に造幣局に到着され上陸された場所にあったのがこの「欽明門」です
(現在地より北に10mの地点にありました)
造幣局の地に一歩を踏まれ、造幣寮行在所(応接所のちの泉布観)に入られ、良く5日午前8時、旧正門から金銀貨幣鋳造工場内をご巡覧されました


「鉄柵」について
明治元年(1868)、当時大阪府知事であった後藤象二郎が、大阪城内に動物園を作るためイギリスから輸入された鉄柵でしたが 、中止になるというのを聞きつけた造幣局判事久世喜弘の進言により、造幣寮の取り締まりに必要不可欠のものであり 、また、威厳保持のため、これを譲り受けたいと懇願し、井上響の口利きで建設中の造幣寮に貰い受け、工場の周辺に張り巡らしたものです 鉄柵の先端のにある「大」の字に似た文字は、当時の「大阪」の「大」の字をかたちどったものといわれています



70m先出口です・・やっと出口です・・・

大阪造幣局 正面

やっと? 脱出です・・・
国道1号線、桜宮橋から、大川を望みます・・・中央奥に、大阪城、天守がみえます・・・
・・・右が、造幣局!


初めての大阪造幣局、桜の通り抜け・・・

感想・・・桜はキレイ、でも、種類は不明、見えません・・・
・・・注意を呼びかける、拡声器?放送が、うるさい・・・中国語、韓国語、日本語など・・・

どこかの商店街の混雑している通りを、人に押され、立ち止まり、歩くだけって感じ・・・

もう少し、珍し桜を楽しめるかなぁ・・と、思っていたのが大間違い・・その桜の名前さえ確認できないほどの人・人・人・・・その中で自撮り棒を使う方々・・観光地となり、花見の風情はありませんね・・

残念ながら・・・「大阪造幣局、桜の通り抜け・・・もうエエか!」・・って、感じです!

もう、来ることはないでしょう・・・来ませんね・・・

と、いうことで・・・TVのニュースか、ワイドショの番組で楽しみましょう・・・










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