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2014年11月3日

旧御室御所、仁和寺の御殿です・・京都府京都市!

旧御室御所、仁和寺の国宝、重要文化財を巡ってきました・・!
中門から二王門への「浄心の道」の西側に位置する「御殿」を拝観に行きます

「浄心の道」沿いに御殿への入口、勅使門があります!
この勅使門・・・大正2年(1913年)竣工。設計は京都府技師であった亀岡末吉。檜皮葺屋根の四脚唐門で前後を唐破風、左右の屋根を入母屋造としています。また、鳳凰の 尾羽根や牡丹唐草、宝相華唐草文様や幾何学紋様など、細部にまで見られる彫刻装飾は、伝統的和様に亀岡独自の意匠を取り入れたもので、斬新かつ見応えがあ ります・・・と、仁和寺の説明があります
勿論、勅使門は、一般観光客が通れる門ではありませんが・・・・開けません!

「浄心の道」を降りていき、二王門のすぐ側に受付が、拝観料を納め・・本坊表門からはいります

拝観券を提示します・・・その玄関に・・「御室流生花」が飾ってあります
そう、御室流華道の家元として、いけばなを通じ文化向上にも貢献していると・・・説明されております!

白書院・・・襖絵などは、昭和12年(1937年)に福永晴帆(1883〜1861)画伯による松の絵が部屋全体に描かれています・・仁和寺、説明より引用

写真左下:白書院からみた、南庭・・宸殿の南側にあることから南庭と呼ばれています。庭内には左近の桜、右近の橘が植えられ、その前方に白砂と松や杉を配した、簡素の中にも趣のある庭といえます・・・仁和寺、説明より引用

御渡回廊・・・・
渡り廊下で、白書院・黒書院・宸殿・霊明殿が結ばれ、趣の異なる二つの庭園が応時が随所に残されています
宸殿・・・写真右下、黒書院からみた、宸殿・・・
御殿の中心建物で、寛永年間に御所から下賜された常御殿がその役割を果たしていましたが、明治20年(1887年)に焼失。 現在の建物は大正3年(1914年)竣工されたものである。御所の紫宸殿と同様に檜皮葺、入母屋造。内部は三室からなり、襖絵や壁などの絵は全て「原在泉」の手によるもので、四季の風物をはじめ、牡丹・雁などが見事に描かれています。

床の間のお姿は宇多天皇と・・TVの放送で紹介されていました?
格天井、螺鈿細工・・お見事です

宸殿から眺める、北庭・・・その奥には、五重の塔がそびえてなかなかの景色です・・
手前の萱葺きは、 飛濤亭・・・重要文化財・・119代光格天皇遺愛の席と伝えられている茶室

霊明殿・・歴代門跡の御霊を祀る・・
写真左下:扁額は近衛文麿の筆
写真右下:国宝、秘仏・薬師如来座像 ・・・全高10.7cm 平安時代後期、円勢・長円の作と・・・
写真でしたので、パチリです・・

黒書院・・・
 京都・花園にあった旧安井門跡の寝殿を移して改造したもので、明治42年(1909年)竣工。設計は安田時秀。内部は竹の間・秋草の間など6室からなり、昭和12年(1937年)に堂本印象(1891〜1975)が描いた襖絵が室内全体を飾ります・・説明板より引用

仁和寺の国宝、重要文化財の数々の伽藍を拝観しました
そして、御殿の内部も拝観いたしました・・・

TV放送どうり、すばらしい旧御室御所・仁和寺でした・・又、桜の時期、御室桜を見に来たいと思っています・・・・
二王門の脇にある、仁和寺の由来、宝物、建物を記した板です・・

消えかかっている文字もありますね!・・
これはこれで、なかなか良いです・・・
「P」へ戻りましょう・・・
そうそう、お昼ご飯は、この「P」のおっちゃんに聞きました・・・ここがいいよって・・!

衣笠山・・
その昔、貴人の外出の際、後ろからさしかけるのに用いたお椀をかえしたような、丸い形の絹の傘に似ていることが由来とか・・

そして、きぬかけの路・・東に向かえば世界遺産、龍安寺、金閣寺・・立命館大学キャンパス内を通り、等持院、さらに南に向かい、妙心寺と・・・すごいね!見所満載?

きぬかけの路・・京都マラソンのコースらしい!

観光として、数十年ぶりに、ついに京都へ踏み込んでしまいました・・さすが、平安の都・・分かっているのですが、何度もいや、数十回、足を運ばないと、全て拝観できないでしょうね・・・T
V放送、京都、国宝浪漫を見て、厳選して、拝観しますか?・・・・体力が・・頑張りましょう!!

しかし、観光客、人が、多いね・・(^^;)


追記:備忘録内説明文は、仁和寺の説明文、パンフより引用いたしましたm(_ _)m

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