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2024年4月1日

改修の終わった、柏原八幡宮・・・続きです

柏原八幡宮、一の鳥居
鳥居の後ろに見える寄付の方々の木札
最高額は、なんと1億円

御由緒
社伝によると、舒明天皇の御代(六二九~六四一)に出雲連が入船山(当宮の鎮座する山)に素戔鳴尊を奉祀したのが当宮の創始と伝えられています。
その後、萬寿元年(一〇二四)に入船山周辺の三箇所から霊 泉の湧出を奇瑞とし、後一条天皇の勅意により国家鎮護の社として京都の石清水八幡宮より御分霊を勧請し、丹波国「柏 「原別宮」として創建されました。
境内には兵庫県指定重要文化財に指定されている三重塔と釣 が現存し、神仏習合当時の景観を今日に伝える全国でも極 て珍しい神社です。

現在の社殿は天正十三年(一五八五)に羽柴 (豊臣秀吉によって 再々建されたもので、三間社流造りの本殿に入母屋造の拝殿を連接 した複合社殿です。
この建築様式は「権現造」の先駆けとなる建築様式として貴重で、大正二年に特別保護建造物に指定、現在は国の重要文化財に指定さ れています。

中井正貞の彫刻は、中井権次一統の世界へ
https://nakaigonji.blogspot.com/2024/04/blog-post.html

                       三重塔
現在の三重塔は文化十年(一八一三) ~文化十二年(一八一五)にかけて建立されたもので、全国で神社に塔が現存する十八例の一つ に数えられる貴重な建築です。
兵庫県の指定重要文化財に指定されています

この銅鐘には康応元年(一三八九) と天文一二年(一五四二)の二つ の年号が刻まれており、天正年間 に豊臣秀吉が大砲鋳造の為、郡内 の鐘を柏原東奥藤ノ目に集めた際、 特に優れた物のため豊臣秀吉が改 めて寄進したものです。
明治初めの神仏分離令の際、 棄却の対象となったが免れて今日に 至っています。

兵庫県指定重要文化財



本殿前、佐吉の狛犬
文久元年(一八六一年) 柏原大新屋の上山孝之進・柏原北山の田口 金次が寄進したもので、作者は丹 波佐吉 (村上照信)、台石の文字は 筑前国(現在の福岡県東部)の女 儒学者亀井小琴の文字です。 丹波佐吉は但馬の竹田で生まれ、 幼い頃両親と死別し、柏原大新屋 の初代難波金兵衛に養われて石工 を志します。 その後京都、大阪 で活躍し佐吉が彫った仏像が孝明 天皇の目に留まり、大いにお褒め の言葉を賜った人物です。この狛犬は佐吉の晩年の作品で、豪快で 躍動感のある最高傑作です。平成 二三年老朽化に伴い修理され、創 建当時の姿を取り戻しました。



刻銘




佐吉の狛犬、何度見ても、ほれぼれします

改修後の柏原八幡宮を二回に分けて記事にいたしました

今回は、特別に「六代目中井権次橘正貞」の銘を見せていただいたこと
そして、拝殿、本殿にまつわる彫刻群の詳しい説明、佐吉の狛犬の修復のことなどを教えていただき、大変、勉強になりました

記事にはしておりませんが、厄神社、その前の狛犬のお話など、頭がいっぱいになりました録音しておけばよかったと思っております
ほんとうに、ありがとうございました

また、参拝いたします


中井正貞の彫刻は、中井権次一統の世界へ
https://nakaigonji.blogspot.com/2024/04/blog-post.html


追記:記事中、説明文は、配布パンフより一部引用いたしました






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