兵庫県丹波市氷上町谷村1842、白山神社です
後谷城跡
この地に白山神社が鎮座した歴史が記されています
後谷城は、白山麓の後谷に赤井一族が本拠地として13世紀初期(鎌倉時代)から16世紀
後期(安土桃山時代)まで300年以上にわたり、戦国乱世の時代を生き抜いた地方豪族の城館である
城跡内にあった赤井氏建立の白山神社の祠が、その後白山山頂に移されたが、昭和28年に
後谷城跡の現在地に造営されたとある
頑丈な鉄戸を開けて、参拝中に閉じられないよう、参拝中と張り紙して境内へ・・・
一度、戸を閉められて、なんとか開けた経験があります故・・・
白山登山口
白山神社は、天文二年(1533)当地の豪族赤井氏によって白山山麓に創建せられ文禄元年(1592)山頂に奉斎したと伝えられる
祭神は菊理媛岐神・伊邪那美神であって、加賀の白山の神体山として鎮祭する白山比咩神社の御神霊を勧請したと伝えられる
昭和28年、山麓に現在の社殿を造営し奉斎した
後谷城は天正七年(1579)六月明智光秀の軍によって落城している
赤井為家が築造した後谷城はこの付近にあった。また、神社を創建したと伝えられる赤井伊賀守忠家の墓は、社の東方、現在の谷村伊賀町にあるが、異見もある
後谷城は天正七年(1579)六月明智光秀の軍によって落城している
舗装された参道・・・やや薄暗い杉並木
拝殿
拝殿、梁上の龍
木鼻
木鼻・・・漠
龍の背面の刻銘
「姫路市廣畑区蒲田 中山龍雲 作之」と、ある
白山登山口の説明文から、白山神社は昭和28年に造営されたので、その時の彫刻かも・・・
中山龍雲師‥先人の記事から引用・・・
播州屋台彫刻も数多く手がけられている
昭和から平成にかけての彫刻師・現在は2代目が活躍されているようですと・・・
拝殿、左脇障子
拝殿、右脇障子
本殿
主祭神は、伊弉册神
本殿、左脇障子
本殿、右脇障子
ここに登場する赤井一族の末裔は、ご存じ、赤井英和氏です
歴史は興味深いですね
2020年の大河ドラマは「麒麟がくる」明智光秀ですね
丹波市では、続日本百名城の黒井城、そして、後谷城・・篠山市で八上城や籾井城、般若寺城など・・・盛り上がるかもしれませんね
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