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2022年11月19日

福井県への旅・・・「現存12天守・丸岡城」

現存天守12城・・・「丸岡城」です
実は、2度目です

想い出しますね・・・昔々、友人と訪れたことを!
2014年7月でした
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2014/07/blog-post_7.html

そうか、8年前になるのか!・・・


重要文化財 丸岡城 天正四年(1576)築城

丸岡城天守閣
今から440余年前の天正三(1575)年、織田信長は越前の一向一揆を平定するため大軍を派遣し、当時丸岡の東北4kmの山中にあった豊原寺を攻略し寺坊を悉く焼き払いました。
信長はこの恩賞として柴田勝家に越前之国を与え、北ノ庄(今の福井市)に築城を命じます。
勝家は甥の勝豊を豊原に派遣し豊原城を構えましたが、翌天正四(1576)年豊原から丸岡に移り城を築きました。これが現在の丸岡城です。
勝豊以後、安井家清、青山修理亮、同忠元、今村盛次、本多成重以下4代、有馬清純以下8代の居城を経て明治維新となりました。大正中期より昭和の初期にわたり堀は埋められ、現在は本丸と天守と僅かに石垣を残し城域は公園となっています。昔の城郭は五角形の広い濠を有し外郭に侍屋敷を配置し、さらに河川を利用し外濠を設け寺院民家を包容し城下町を形成していました。

丸岡城は現存する天守の中でも古い建築様式で、外観は上層望楼を形成して通し柱がなく、一層は二階三階を支える支台をなし、屋根は二重で内部は三階となっています。
このような古調に富んだ望楼式天守は後の時代の層塔式天守と比較すると、いかに城郭建築の初期のものであるかがうかがえます。
また、屋根が全部石瓦で葺かれているのが 全国にも稀な特徴となっています。
昭和9年、国宝に指定されましたが、昭和23年福井大震災により倒壊しました。昭和25年重要文化財の指定を受け、昭和26年に復元に着手、用材は80%近く古材を使用し昭和30年3月修理復元修復再建されました。


天守閣
天守閣の高さ:22m(七二尺六寸) 
面積一階 :137㎡ (約四一・四四坪)
二階:40㎡ (約一二・一〇坪)
三階:40㎡ (約一二・一〇坪)
石瓦の枚数: 約6,000枚
総重量: 75トン


最上階、三階の木組み

天守からの眺め



石瓦

この天守の屋根は笏谷石(福井産の緑色 凝灰岩)を不正が加工した瓦で葺かれて います。
天守にかかる重さは100トン以上 ですが、強い風雨や冬の寒さに天守が耐 えてきたのは、この石瓦によるのでしょう。 一階屋根の東西の棟の鬼瓦も笏谷石の 彫刻で、東側の鬼は口を開き西側の鬼は 口を閉じる阿吽の対になっています。 石垣 もこの鬼瓦も丸岡城固有のものです。

東側、鬼瓦
 懸魚を城内からみる

二階


一階、梁
今回、三階までの階段の急さを、改めて、驚きました

以前と変わらないのですが、めちゃくちゃ急な階段ので、階段にロープが備え付けられていて、そのロープを掴んで登らなければなりません
そして、降りるときは、怖い怖い・・・
昔と比べ、自分の脚力、腕力の衰えが情けないです

ちなみに、1階から階に上る階段が65度、2階から3階部分で67度
登るのに、降りるのに必死で、無事、登れたこと、降りられたことにホッとして、写真を撮るのをすっかり忘れておりました(涙)
で、過去の写真2014年の記事からを引用します
上り
階段ではなく壁のようです?
上から



さぁ、下城です

北面
本城は二重三層、外観は上層望楼成し、通し柱をもたず。初重を支える支台を成す。 
構架法、外容ともに古調を伝え、屋根は石瓦(笏谷石)で葺き、基礎の石垣は野面積み。
これは我が国城郭建築史上、現存の天守閣の中で、最古の様式のものである。


鯱(石製しゃち)
この鯱は、もと木彫銅板張りであったものを、昭和十五年~十七年の修理の際に、石製の鯱に改めたものです。その当時は戦禍中で銅板の入手が困難であったため、やむなく天守閣の石瓦と同質の石材で、つくりかえられたものですが、この石製の鯱も昭和二十三年六月の福井大震災により、棟より落下、現在の様な形で残っているものです。
現在天守閣の上にのっている鯱は、昭和二十七年~三十年の修復時に、もとの木彫銅板張りに復元したものです。


入場券
・・・以前は、丸岡城と丸岡歴民俗資料館は別々だったのでは?
いや、思い違いでした!
以前も同一券でしたが、時の流れ、値上げされていた・・・

織ネームが付いています


丸岡歴民俗資料館 2階

モニターに流れていた映像をパチリ・・・
・・・空撮です、丸岡城の姿がよく分かります・・・

丸岡城内の側溝
「一筆啓上申し上げます」


そうか、日本一短い手紙 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
本多作左衛門重次が陣中より妻に宛てた手紙です
このお仙は、当時幼子であった嫡子・仙千代(成重)のこと、初代丸岡藩主本多成重である

すでに冬・雪吊りの準備が進んでいます

二度目でしたが、よき天守閣と、改めて思いました
福井県には、県庁がある場所が福井城址があります
一度、訪れてみたいですね


追記:記事中文言は、案内板及び、配布パンフより引用しました










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