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2018年1月29日

川内多々奴比神社‥兵庫県篠山市下板井74

式内、川内多々奴比神社・・・兵庫県篠山市下板井74を訪ねます

明月神社近への道すがら、発見? 参拝しなければ・・・と!
縁起
崇神天皇の御代四道将軍丹波道主命、この地に野陣を張り賊徒征伐に苦慮されたとき、白髪の翁が現れ玉剣を授け、その加護により平定することができたので朝廷に言上し、勅命によりここに宮地を営んだのが当社の縁起であります。 名称の川内は当地を川内郷といい、神楯を奉仕する斎部の楯縫氏が祖神を祀ったので川内多多奴比神社といいます。 天智天皇二年九月九日勅命により祭祀を執り行ったのが祭礼の初めで、天武天皇白鳳元年9月9日国司により造営され、氏子中二十社の総社で平生は一宮と呼んでいる。
                             ・・・案内板より引用



本殿・・・三間社流造 檜皮葺



         獅子の子落とし
         鯉の滝登り
向拝‥刻銘は発見できず!



境内に丹波森協会剪定樹木‥垂乳根の公孫樹
樹齢千年ともいわれ、幹や太い枝から気根が垂れ下がり、古来、垂乳根・乳の木とも言われ育児や長寿祈願のご神木として信仰を集めています。またイチョウの大樹には数十種もの宿り木が繁茂し、イチョウの葉の中には生きた化石ともいわれる漏斗状のラッパイチョウの原始葉も見られ、学術的にも注目されています・・・案内板より引用

         樹高:20m 幹周:7m

頼光駒止めの樫
正暦元年(990年)に大江山の鬼退治で有名な源頼光が神社に立ち寄った際に、太刀一振を奉納して必勝祈願をしました
伝説の、駒止めの樫は老木のため、昭和38年の豪雪で枯れましたが、現在直系の樫が育っています。太刀は神社の宝物となっています・・・案内板より引用

彫刻の作者の刻銘は、発見できず!
この近隣の神社は川内多々奴比神社この管理されているようですね・・・






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