浄土寺の国宝、浄土堂は、奈良の東大寺南大門と並んで、大仏様(天竺様)建築を代表する最も大切な建物です
さぁ、期待感一杯・・参拝いたしましょう・・・・
加古川市の鶴林寺から、加古川沿いに県道18号、国道175号を約20km・・約30分で到着です
「P」がどんとひらけ、大きな看板が・・国宝、極楽寺 浄土寺・・・
そして、右側には、新築みたいなレストラン、トイレが・・・・その「P」の「α君」を停め・・・・参りましょう!
案内図をよく見て・・・左側にある、趣のある石段をあがります
ここは、浄土寺の受付は無く、浄土堂の内部に入る、参観料が必要なのです・・500円
金箔で、燦然と輝き、鎌倉初期、名仏師快慶の作とのこと・・・中央の阿弥陀如来は5m30cm 両脇侍立像は3m70cm
堂内には、人工の光はありません・・・堂背にあたる西側から、蔀戸から射し込む西日が床に落ち、その反射を背景に、西方浄土から雲に乗り、早来迎される阿弥陀三尊のお姿を排することができます!
そして、 天井を張らない化粧屋根裏、太い円柱に差し込まれた肘木、それにかかる虹梁がよくわかる一枚です・・・
そして、写真右上の赤四角部分、西面の外壁?の板に江戸時代?昔の方々の参拝時の書き込みされた板が保存されていますので、両方合わせて、いただいたパンフから、掲載いたしましたm(_ _)m
確かに、日が射し込み、見る角度を変えると、趣が変わります・・一旦出てから、日が射し込んできたから、受付の方が親切に呼んでいただきました・・・
これを、きっかけに又々、いろんな貴重なお話をお聞かせいただきましたよ!・・末尾に記しますね!
国宝 浄土寺浄土堂・・・建久五年(1194年)
写真左下:東面 写真右下:北面
写真左:円柱から何本も突き出ている挿肘木などに見られる |
そして、昭和32年の解体修理工事は3500万円の費用と、2年半が要したと・・・ その解体修理の一部分を教えてもらいました・・・ |
北側から周っていきましょう
鐘楼堂― 鐘楼(県指定文化財)
創建不明、現在のものは1632年築、入母屋造 本瓦葺 |
八幡神社本殿・・重要文化財
室町時代中期 浄土寺伽藍の中央正面に位置している、これは開山の重源上人が八幡信仰を重視したためと考えられると・・・ 室町時代中期の代表的な檜皮葺、三間社流造、手狭の絵様彫刻や、蟇股内の花鳥や透彫に時代を見ることができる
嘉禎元年(1235年) 桁行七間、梁間三間、寄棟造の割拝殿・・・ゆるやかな屋根の勾配、繊細な繁垂木、木鼻、蟇股などから室町時代の折衷様式の原型とも云える
本堂(薬師堂)・・重要文化財(明治、国宝指定)
重源上人によって建立され、天竺様であったが、室町時代焼失、永年十四年(1517年)再建されるが、和様、唐様が混じっているのが惜しまれると! 「本堂(薬師堂)」の本尊、薬師如来坐像はかつて広渡寺の本尊であったが、広渡寺自体が荒廃していたため、この「薬師堂」に移し本尊として安置したとされている。 「薬師堂」が本堂と呼ばれる所以は浄土寺の前身である広渡寺から本尊が移されたことによるものと思われる。 |
開山堂・・県指定文化財
創建は延応元年(1239年)以降らしい・・ 明応7年(1498年)薬師堂とも焼失、 現在のものは焼失後の1520年築、方三間、宝形造、本瓦葺、前面一間通りを吹き放し庇とし、組み物は隅柱の上だけ舟肘木をのせた簡素な形式からなる |
短歌のまち小野市・・・小野市で生まれた偉大な歌人、故上田三四二氏の文芸界での功績を称え、短歌の創作に取り組む方が多いとのこと・・写真右下:短歌ポスト
さぁ、素晴らしい、浄土堂・・本尊、阿弥陀三尊・・うん!・よかったです
播磨の国宝を巡る・・鶴林寺、浄土寺の国宝、重要文化財を拝観いたしました・・
ここで、お聞きしたお話・・・撮影禁止とされていますが、やはり、撮影される方がいます・・
注意して写真、削除お願いするのですが、開き直る方が・・・ 警察でもどこでも突き出せ・・と!
土足厳禁だが、土足を注意すると、その場では脱がず、そのまま戻る・・100人に一人ぐらいしか、その場で脱がないって・・・
いやいや、どこでも困った拝観者がいますね・・・
ここは、浄土堂だけで、500円・・・高いって・・云われるようです・・(^^;)
浄土堂拝観に纏わること・・・不思議に思っていました・・・昼12時~13時間は、閉館なんです!
で、私、笑いながら、なんでですか?・・ここだけですよ!・・っと、云うと・・
この1時間は私のお昼休憩ですって・・二人して笑ってしまいました!
しかし、驚いていました!・・他の所は?の質問に、常に開いていますよ・・・ってね!
こんなやり取りが、鶴林寺、浄土寺でできました・・・よき、日、時間そして、よきお寺でした!
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