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2022年7月8日

大津神社 (泉大津えびす)・・・大阪府泉大津市若宮町4-12

大阪府泉大津市若宮町4-12 大津神社 (泉大津えびす)です

なぜ、はるばる泉大津市の大津神社まで来たかというと・・・
「寺社の装飾彫刻 近畿編」というという写真集に掲載されていたのです
先日の「だんじり戎の龍」もそうです
その彫刻を撮影にやってきました


YouTube動画作成しました




参拝します

手水舎

拝殿
・・・本瓦葺きで、平入入母屋造に唐破風付き、入母屋造の向拝が付いている
大津神社鎮座の起源は「小津の泊まり」に祀られた小祠であったといわれます。
「大津」はもともとは 「小津」と呼ばれていたようです。
もともと「若宮八幡宮」と称していましたが、明治四十一年に、 宇多神社、神明神社、菅原神社の 三社を合祀し、事代主神社を境内社として合併し、式内粟宮を 境内に移築した際に、「大津」の総鎮守として、「大津神社」と改称されました。・・・泉大津市より引用


巨大な、鳳凰

どこか、似ているなぁ?



木鼻

蟇股

蟇股

戎社

中備の鯛は、がっちし、鉄柵で護られています

背面




蟇股

木鼻



陰陽五行厄除桃方位盤
厄除桃
泉大津のパワースポット「大津神社の厄除桃」
桃は陰陽道にて魔除厄除の果実とされ、鬼を退治した「桃太郎」も桃から生まれました
また、方位盤の四方の玉は御富岐玉と呼ばれる祭具です
厄除桃・御富岐玉を手でさすり、そして自身の身体を 撫でて被い清め、お祈りください・・・説明板より




境内には、江戸時代前期の石造物が多く、特に寛永元年(1624年)の石燈籠2基や寛永二十年銘の石鳥居などが目をひきますと、泉大津市の旧所名所で説明があります

寛永元年(1624年)の石燈籠が、2基あるらしいのだが、分からなかった!

この鳥居は、真北を向いていて、裏参道ではなく、表参道と想像するも実に楽しい
  寛永二十年(1643)銘の石鳥居

      江戸時代前期、寛永二十(1643)と刻されている

本殿は、屋根しか見えません
式内粟宮、指定文化財の社殿もあるようです

江戸時代前期、寛永二十(1643)の石鳥居といい、写真集に掲載された装飾彫刻
・・・お見事でした
それにしても、石燈籠、狛犬の石造物が多く、しかし、その刻銘が確認できないのが残念でした


大阪府和泉市・岸和田市・泉大津市と巡ってきました
YouTubeへ投稿するきっかけにもなりました

よき、大阪府、泉南地域でした









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