矢田寺は、奈良県大和郡山市矢田町にある高野山真言宗の寺院
山号は矢田山。正式の寺号を金剛山寺という
別名「あじさい寺」とも呼ばれ、境内には約10,000株、約60種のアジサイが植えられている
この坂の両側に数カ所の有料「P」があります
500円もあれば、300円もあります・・・おそらく、紫陽花の時期には沢山の方が来られるのでしょうね・・・こういうところの「P」はこのようなものですね
一応、300円の「P」へ・・・無人ですが、そこはちゃんと料金箱へ入れました
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参道?
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その途中に「お地蔵様」
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山門に到着
石標には「別格本山金剛山寺」とある
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案内図

お! 結構な石段ですね・・
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石段登れば・・・「カンカン地蔵」
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境内への入口ようですね

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・・・準別格本山大門坊・・・
全国各地から奉納された一千体の地蔵尊が安置されています
大門坊は、矢田寺の塔頭のひとつであり、 弘法大師が25歳の時に矢田山に登られ、不動明王を図写して、 国家安穏、万民豊楽の誓願をたてて留錫され、 「三大秘密教門院」と命名された寺院です・・・古くより容真御流華道の家元として、 華道研究も盛んに行われていると・・・
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・・・矢田聖天・・・
大門坊山門の左側に、聖天堂があります。 矢田聖天と呼ばれるこの聖天堂には、江戸時代中期の高僧、慈雲尊者(1718~1804)により、 宝暦年間に勧請されたと伝えられる大聖歓喜天(聖天さま)をはじめ、諸尊が安置されています
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念仏院
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本堂へ向かいます
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「矢田のお地蔵さん」で親しまれている矢田寺(矢田山・金剛山寺)
・・・矢田丘陵の中心矢田山の中腹にあり、 日本最古の延命地蔵菩薩を安置しています。
今から約1300年前、大海人皇子(後の天武天皇)が、壬申の乱の戦勝祈願のため矢田山に登られ、即位後の白鳳4年、智通僧上に勅せられ、七堂伽欄48カ所坊を造営されたのが当山の開基です。
当初は十一面観世音菩薩と吉祥天女を本尊としていましたが、 弘仁年間に、満米上人により地蔵菩薩が安置されて以来、地蔵信仰の中心地として栄えてきました・・・矢田寺案内より
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外陣へ・・
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外陣から望む景色
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大和十三仏 御朱印めぐり
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なんの為の鉄具?
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護摩堂、閻魔堂、奥は太子堂
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「有縁無縁」の文字
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鐘楼
・・・梵鐘(寛元4年在銘) は 重要文化財、鎌倉時代
本堂前の石燈籠・・・寛政五年(1793)
講堂
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金剛山寺(矢田寺)の文化財は・・・
・木造地蔵菩薩立像(本尊)重要文化財。貞観時代
・木造地蔵菩薩立像(試みの地蔵) 重要文化財。藤原時代
・木造阿弥陀如来坐像 重要文化財。藤原時代
・木造十一面観音立像 重要文化財。奈良時代
・木造閻魔王倚像 重要文化財。鎌倉時代
・木造二天王立像 奈良県指定文化財。奈良時代
・木造司録倚像 重要文化財。鎌倉時代
・木造釈迦如来坐像 重要文化財。室町時代
・絹本着色矢田地蔵縁起 重要文化財。鎌倉時代
・春日神社本殿(一間社春日造) 重要文化財。室町時代
・梵鐘(寛元四年在銘) 重要文化財。鎌倉時代
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お地蔵様たち・・・
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味噌なめ地蔵
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参道の中ほど右側に、大きな「みそなめ地蔵」が立っておられます
その昔、近在の農婦が自家製の味噌の味が悪くなり、困っていました。 ある夜のこと、夢の中に石のお地蔵様があらわれて、 「我にその味噌を食べさせてくれたら、良い味にしてやろう」とお告げになりました。
翌朝、矢田寺へ参って参道を見ると、夢に立たれたお地蔵様がおられたので、 早速くだんの味噌をその口許にぬったところ、家の味噌は味が直っていたそうです。
これを伝え聞いた里人たちは、新しい味噌を作ると味が良くなるようにと、 こぞってお地蔵様の口許へぬるので、誰言うとなく「みそなめ地蔵」と呼ばれるようになったのです
下山します
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良き天気でした・・・左右がほとんど「P」です
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県道189号線
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紫陽花の時期は入山料は500円らしい・・季節外れの今は、無料でした
静寂の中、参道の石畳を歩く足音にも気をつけて、カメラの合焦音の「ピッ」が、やけに雰囲気を壊す音になりましたね・・・電子音、止めておこう・・・
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