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2019年2月11日

郡山城跡、さかさ地蔵・・・ 奈良県大和郡山市城内町2-2

奈良県大和郡山市・・「郡山城」に展望施設が完成~平成29年3月26日(日)一般公開を開始しました

・・・一般公開を知って、2年弱・・・やっと、来ることができました・・・


郡山城天守台、展望台から、東西の展望を楽しみました



・・・この天守台の北側石垣にある「さかさ地蔵」(上写真:左面)


郡山城天守台の北面石垣の築石として積まれた地蔵で頭部を奥にうつむきに積み込まれているために「さかさ地蔵」の名で呼ばれています。
仏身は約90cmで、左手に宝珠、右手に錫杖を持ち、大永三年(1523)癸末7月18日の刻銘があります。
いつのころからか信仰を集め、供養のために五輪塔や石灯籠が立てられ、路傍の石仏も多く集められています。
郡山城の石垣にはさまざまな転用石材が使用されています。寺院の礎石、石塔、石仏、日常生活に使う石臼などで、石垣表面だけでも750基あまりが確認されています。石垣の裏込め石など目に見えない部分にも多数の転用石材が使われていると考えられます。
郡山城は筒井順慶の縄張りに始まり豊臣秀長の時代に大規模に築城されました。石材が乏しいうえに築城を急いだので転用石材を多数使用したものですが、当時信仰の対象をなっていたものさえ容赦なく使うところに城づくりのすさまじさがうかがえます。
これらの天主台や郡山城の石垣に積み込まれた石仏、墓石並びに城史有緑の諸霊を慰めるため、毎年お城まつりの初日に数珠くり法要が営まれます


探しましたね~ さて、どこに使われているのでしょうか?


しばらく探して・・・発見しました

拡大してみます・・・
頭部を奥にうつむきに積み込まれているために「さかさ地蔵」の名で呼ばれています。
仏身は約90cmで、左手に宝珠、右手に錫杖を持ち、大永三年(1523)癸末7月18日の刻銘があります。



・・・その他、転用石・・・
天守台転用石(伝羅城門礎石)

天守台礎石付近根石・・・梵字がみられる

石垣表面だけでも750基あまりが確認されていますと・・・
福知山城天守閣の石垣でもそうでしたが、戦国時代の築城には礎石、石塔、石仏、墓石など、当たり前のように使われていますね
信仰の対象だった地蔵さん・・・実際に石を積んだ、いや積まされた人々の思いはどのようなものだったでしょうか?




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