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2021年11月17日

紅葉見物・・・まずは福知山城、京都府福知山市内記5です

非常事態宣言も解除され、新規感染者も激減している秋晴れの日
今年2021年の紅葉見物に福知山まで走ってきました

最初の紅葉地は、長安寺をと思っていましたが・・・
ところが、舞鶴道を走ると、雲海? 霧?で、一面真っ白・・・
これでは、長安寺の紅葉は?と、・・・
で、順番を変えて、まずは福知山城へ・・・

久しぶりですね
何度目でしょうか?

さぁ、登城しましょう!

「P」から眺める福知山城


ちょっと、ズームして・・・

坂道塀付近の紅葉・・・見事です

そして、早速、周りを見渡すと・・・雲海!

さらに北方面を・・・雲海
竹田城は、雲海の上で、さぞかし、カメラマンがパチリしているだろうなぁ?と・・・
想像しながら、私は福知山城、天守をパチリです
福知山城石垣のて転用石

天守閣の石垣に利用された、五輪塔や宝篋印塔を始め、石仏、石臼、燈籠などの石造物
中に、「延文四年」(1359年)銘の五輪塔地輪(転用石の年号では最古)や天文十年(1541年)銘があります


天守閣の石垣は、「野面積み」「乱石積み」などと呼ばれる技法で、未加工の自然石が積み上げられています
五輪塔や宝篋印塔を始め、石仏、石臼、灯籠などの石造物が大量に石材として利用され、これらは転用石と呼ばれています


豊盤井
この井戸・・・深さ50m・・城郭の本丸内湛水井としては日本一の深井戸であり、海抜43mですので、井戸底は由良川の河床よりも深く、海面下7mに達しています
今も海抜30mの高さまで清らかな水をたたえていると・・・


朝暉神社
寛文九年六月(1669年)に入部した、福知山初代藩主である朽木稙昌が父・稙綱を藩祖として城中に祀ったことにはじまり、十一代藩主・綱條のときに一社を建立して朝暉神社と号しました。

廃藩により城外に移されましたが、明治14年(1881年)に町民らの要望によって天守台跡に再建されました。
さらに昭和61年(1986年)の天守再建にともなって、現在の位置に移築されました


銅門番所
この建物は、銅門の番所福知山城の銅門の脇(市役所の東)にあった番所(二ノ丸の登城口にあった)で、城内の建築物として当時の面影をしのばせるものです


北門から降りましょう・・・
・・・額縁構図で、パチリです

再度「P」からパチリです
久しぶりの福知山城でしたね
桜の時期はきましたが、紅葉の福知山城は初めてでした

国道176号線を宮津方面へ走っていると、福知山城の天守がよ~く見えます
もちろん、帰路もよ~く、見えます
口癖で、福知山城や! って、言ってしまいます

さぁ、霧も晴れました
長安寺へ向かいます













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