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2020年5月1日

田捨女の供養塔・・・清雲寺、兵庫県丹波市春日町新才566

国道175号線を、舟城神社へ向かう際に、右手の山肌、緑の中に丸く白い塊・・・そう桜です
考えずに行動です・・・よし、行ってみよう!

下画像:清雲寺の場所が真っ白に見えました
GoogleMap-3Dより

近くに来れば、その白い塊は、見えません
うん? 松林山清雲寺 田捨女の供養塔とありますね・・・



本堂の横まで、「α君」で狭い坂を登ってきました
・・・お! やはり、桜でしたか! 

本堂
・・・臨済宗妙心寺派・・・無住寺院か?


供養塔の場所がわかりません
写真上、白いゴミのような浮遊物は、桜が散っています

本堂前より参道を・・・

残念ながら、供養塔の場所がわかりませんでした
ここに来て、知ったことですから、下調べもしておりません
記するとき、調べたのですが、情報は、ありませんでした


遠くから見た緑の中に白の塊は、桜の花でした
しかし、みごとでしたよ!


       柏原歴史民俗資料館横の田ステ女の石像
       
以前の当ページより

田捨女の有名な俳句
「雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡」

田 捨女または、(田 ステ女)、寛永十一年(1634)~元禄十一年(1698年9月13日)は、江戸時代の女流歌人・俳人で、貞門派の女流六歌仙(六俳仙)の1人
丹波国氷上郡柏原藩(現在の兵庫県丹波市柏原地域)の庄屋で代官も務めた田季繁の娘として誕生した・・・Wikipediaより引用


追記:この記事中の写真撮影日は緊急事態宣言発令以前の撮影分です





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