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2020年11月8日

大阪を代表する橋のひとつ「難波橋、ライオン橋」

ここは、大阪市中央区北浜1丁目・・・
見えるは、大阪取引所・・・
堺筋、なんどこの前の通り、仕事したことか!
大阪取引所の前に建つ「五代友厚銅像」
大阪取引所・・・
諸藩の蔵屋敷があった江戸時代の大坂の米穀取引所を起源に、五代友厚らが発起人となって設立された大阪株式取引所が前身である
なお、1730年(享保十五年)に設立された堂島米会所で行われた帳簿上の差金の授受によって決済を行う「帳合米取引」が、世界で最初の公設の商品先物取引であると言われる
この伝統から、大阪株式取引所の草創期から帳合米取引をベースにした定期取引(および後の清算取引、現行法でいう先物取引の方法にあたる)が行われていた・・・Wikipediaより



難波橋です
なんど、この橋を車で通過したことか・・・懐かしい!
まず、堺筋、北浜1丁目、土佐堀川側から・・・

江戸時代からあり、「ライオン橋」の愛称で親しまれている大阪を代表する橋のひとつです
起工大正二年十一月、完工 大正四年四月

        イイすね!!
土佐堀川・中之島公園・堂島川をまたがる堺筋に架けられている、全長約190mの橋、橋詰の4ヶ所に、阿と吽それぞれ2体の石造のライオン像が配置されていることから、「ライオン橋」の愛称でも親しまれている
江戸時代、この橋は堺筋の西隣にある難波橋筋に架かっていた木橋で、北詰は樋之上町、南詰は北浜一丁目、橋長約207m、橋幅約5.7mの、幕府直轄の公儀橋だった
反り橋だったため、周辺の16橋や遠くの山々を眺めることができ、橋の上は花火見物や夕涼みの一等桟敷となるなど、絶好の行楽地としてにぎわっていたそうだ
明治45年(1912)、市電堺筋線を北浜から北の天神橋六丁目へと延伸する際に、現在の位置に移された
華麗な照明灯、中央の中之島公園へ降りる広い石造りの階段など、都市景観の創造が図られた設計が見事、近くに、大阪証券取引所をはじめとする、近代のレトロビルも群集している・・・大阪市より


降りてみました


堺筋、堂島川側・・・



高架は、阪神高速道路

難波橋を写真撮影する日がくるとは、思ってもいませんでした
趣味が変わったのと、暇になったからだね・・・
大阪市内を歩いて仕事をしているときは、目もくれず、車で移動するときは、脇目もふらず
黙々と仕事していていましたね

写真撮影している側を車が人々が通っていきますが、その方々の目にはどう映ったのでしょうか?

・・・暇なおっさんもおるもんやなぁ!・・・と、思っていることでしょうね!

そう、時刻は皆さん仕事をしている平日の昼前でした






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