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2026年6月6日

長野の旅 国宝松本城です、その一

来ました、念願の国宝松本城
TVなどの番組で天守の姿をみるたび、行きたいと思っていました
しかし、長野、我が家からは遠い地でその日は何時になるかなぁ?と思っていました

前日の天気予報では曇りでしたが、一夜明けて、なんと青空がみえるよき天気になりました
これは、昨夜のラッキアイテム、恵比寿ビールのお陰かも!!


ここの「P」も天守北側にありまして、すぐ天守、内堀側に入れます

おおぉ! 松本城天守が見えてきました

埋門
東からの朝日で逆光です

これから内堀を歩きながら、TV番組でみている国宝松本城を撮影して歩きます
まだ、開門までは時間に余裕があります

この位置ですね、ステキです

パンフタイトル 「四百年余の風雪に耐えて…国宝 松本城」


ちょっと進んで
 
  

さらに進んで、月見櫓が登場?です

西の山並みは北アルプス?、穂高岳も見えるかなぁ?



高麗門です
時間前ですが、多くの外国の方がいてはります


並ぶこと、一番のりと思ったのですが、二番目でした


史跡松本城の概要
<昭和5年(1930年)11月19日 指定 指定面積 約93,000平方メートル>
松本城は北東から南西に緩やかに傾斜した扇状地上にある平城です。 戦国時代の初めに 守護大名小笠原氏の支城としてこの地に深志城が築かれ、 1550年に甲斐 (山梨県)の武田氏 が小笠原氏を追放し、 深志城を信濃支配の拠点としました。 武田氏滅亡後、 小笠原氏が深志城 を取り戻し、名を松本城と改め、城郭と城下町の整備を進めました。 小笠原氏が関東へ移った 後の城主石川数正 ・康長父子により、 天守の建築 (1593年~1594年)などの整備が行われ、 近世城郭としての松本城の姿が整えられました。
松本城の範囲は、 総堀に囲まれた内側を指し、 総面積は約39万平方メートルあり、 その約 3分の1を三重の水堀が占めています。 総堀の内側に三の丸、二の丸、 本丸が配置され、 三の丸は家臣の屋敷地、外堀で囲まれた二の丸は二の丸御殿、 古山地御殿、 蔵などが置かれ、 内堀と外堀に囲まれた本丸には天守と本丸御殿 (1726年焼失)がありました。
天守は、 明治維新の際に市民の尽力により取り壊しの危機から救われて現存し、 国宝に 指定されています。 本丸、二の丸、 内堀、 外堀 総堀 西総堀土塁の一部は史跡に指定され、 天守と一体となって城郭の姿を今に伝えています。


高麗門前から黒門と堀

松本城観覧料

  電子チケットを購入しようと思ったのです
なぜか、事前購入のため、混雑時並ばなくてもスムーズに入城できるのです


朝一、開城の9時に合わせてこようと思っていたので、電子チケットは買いませんでした
それと、30分単位の時間枠なので、指定が難しいと思いましたので、やめました

と、いうことでここからは有料エリアです
入城しましょう

続きます









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