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2016年2月8日

旧来住家住宅を基点に・・兵庫県西脇市内を散策します・・前半!

兵庫県西脇市・・日本のへそ・・そして、訪れた、国登録有形文化財の旧来住家住宅!
あまりにも見事なお屋敷を拝見して・・そして、その時いただいた、観光MAP・・これが、西脇市内の散策へと・・誘惑されてしました・・・

西脇まちんなか、歩こうMAP・・・西脇TMOさん作成です
で、真ん中の四角部分が、・・そう、旧来住家住宅なんです・・・
いや、なかなかわかりやすく、よくできたMAPです・・・平凡なおっちゃん、一人、MAP片手に歩きます‥(*^_^*)
では、出発です・・・大正時代からかなぁ?・・山手町の町名表示板・・
その前を流れる、疎水・・鯉がいます・・日陰で、流れに逆らうように、身を寄せ合っています!
旧来住家住宅西面のコンクリート防火壁・・・
・・・この小道が、童子山公園へと道案内が各所にあります・・・この小道を進みます
旧来住家住宅前にあった、童子山散策マップ・・左側にある道順とは逆に歩きます・・決して、逆らっているわけではありません・・・(*^_^*)
道沿いにあった、石塔・・右側面には、文化八年(1811年)と読める・・・
すこし、坂登れば・・・広場に・・・愛染堂、観音堂、為祥小学校跡・・・
写真左が愛染堂・・右が観音堂・・この後の童子山への登り口が二つのお堂の間にあります!
観音堂
安永六年(1777年)ごろ、加西郡木谷村ドヤシキにある観音堂が全焼し本尊は消失したと信じられていました。ところが西脇村の高瀬庄七は夜夢で「善哉々々、我は荒木、如意輪観音である。火災で避難しているから助けよ」と告げられ、翌朝木谷村深谷へ。そこで観世音像二体を拾い持ち帰り、来住儀兵衛にお堂の建立を依頼したのそうです。そして、安永八年(1779年)来住儀兵衛の寄贈により童子山山麓に観音堂が完成、織物の発展を祈って二体の観世音がお祀りされました。お堂西側の宝筐印塔は来住儀兵衛が父母供養として建立・・・西脇まちんなか、歩こうMAPより引用

宝暦二年(1752年)観音堂再興、文久三年(1863年)改修、現在の観音堂は明治四十三年(1910年)上棟とある・・・案内板より引用
向拝‥彫り物、なかなか素晴らしいです!
愛染堂・・・
本尊愛染明王は、人間の愛欲なんどの欲望にとらわれ染まる衆生をそのまま浄化・解脱される明王である

本堂の愛染明王像は、もと大和金峯山麓天川弁天別当の尊像であった
明治三十年(1897年)授与された
・・・案内板より引用

為祥小学校跡・・・
明治六年(1876年)に西脇村、下戸田村、高田井村の組合立で設立された現在の為祥小学校の系譜につながる小学校である。明治十八年(1878年)には他の小学校と合併して開性小学校となる・・・案内板より引用

公園として使われているみたいだが、草茂り、荒廃している・・(^_^;)

童子山を登ります・・・西展望台・・
ミサイル?があります・・これは、チャイム&ボイスタワーとのこと!
・・・西脇地区のまちづくり活動の一環として、昭和61年(1986年)5月にチャイム&ボイスタワーが童子山に設置されました。コミュニティから連想する「和」や「輪」 をイメージし、円筒形でシンプルなデザインを採用。タワーからは音楽が流れ、時を告げる役割を果たしてきました
(朝7時:歓喜の歌、正午:ふるさと、夕方5時:夕焼け小焼け、夜9時:家路) 。その後、市全域に防災行政無線が設置されたのを契機に平成20年(2008年)3月にチャイム放送を終了しました。
現在は防災行政無線が正午に「野ばら」夕方5時に「ふるさと」が流れています・・・西脇市広報より引用

・・・お役目は終わったのですね・・・
展望台から眺望・・きれいですね! 残念ながら、曇りです
公園内散策しています・・中央展望台の西側に・・バードゲージが・・・鳩やね!

公園を降りてきました・・・この「Y字路」・・
兵庫県西脇市は、美術家 横尾忠則氏の出身地です。
西脇市内には、横尾氏のライフワーク「Y字路」シリーズの作品に登場する場所があります

そう、この「Y字路」は、作品名「N市 霧の夜」の場所です・・・

写真上の「Y字路」を左へすすむと・・石垣があります・・うん? 分かりません・・

神社のようですが、・・・う~ん?

MAPよくみると・・黒住教会所とのこと・・・
    
三筋、西へ、民家の並ぶ細い道沿いに・・西脇三大地蔵・・・
      
お願い事を叶えてくれると毎日通う人が多いお地蔵さん

・・・勿論、お願いしてきました・・よ!



この「Y字路」は、作品名「暗夜光路 N市-Ⅲ」の場所です・・・
そして、このお屋敷・・村上喜兵衛邸(船形屋敷)です・・舳先部分が現在取り壊されています
蛇行する疎水に沿って塀が曲線を描いています・・
・・・ちょっと見づらいですが、大きな石灯籠の宝珠、傘が見えます その奥に六角形の屋根が見えます・・・
大正時代の町並み・・写真左の建物は水田医院跡・・・
この疎水に沿って歩いている道は・・・「ふれ逢い鯉ロード」とあります・・(*^_^*)
このお屋敷も大きくて立派ですねね・・・


        鯉・・・・・(*^_^*)
          

錦鯉・・・・(*^_^*)・・冬はエサ与えないで下さいと・・・注意書きがあります!!

旧来住家住宅を基点に下のMAPの部分を散策してまいりました!
・・・西脇まちんなか、歩こうMAPから引用

よき、散策路でした・・・大正期のお屋敷、横尾忠則氏の作品の「Y字路」の場所をたどりながら・・・
・・・しかし、横尾忠則氏の作品の「Y字路」を初めて知ったのは事実です!
なにせ、美術には弱いもので・・・m(_ _)m

前半が終わりました・・・さぁ、後半へと足を進めます・・・続きます!!






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