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2014年12月1日

平和公園、浦上天主堂へ・・・九州の旅・・長崎市!

佐賀県、名護屋城跡を、強風の中、なんとか、散策して・・・大満足です!
この日の内に、長崎市へ入り、数々ある観光名所のうち、市内北部?を済ませようとの計画です!
長崎市は嫁のたっての要望・・観光コーデネィター?の私、市内散策ルートを作成して・・・そして・・
なんと、路面電車を乗り継ぎ・・徒歩にて、見てまわりま~す!

今晩の夕食が楽しみ・・本場、長崎チャンポン、皿ウドン(細麺)です・・(*^_^*)

基本、ダラダラ走行大好きな私・・・ゆっくり、景色堪能しながら、巡ります・・・

佐世保市針尾島のあたり・・・嫁、進行方向の右手に三本のなにやらSFでも出来そうな柱を発見・・・
おおぉ・・・凄い・・・今回、嫁にカメラ一台託して、なんとか、あれ!、これ!・・って、写真撮ってもらっています・・・(*^_^*)


長崎の宿にてググってみました!

針尾送信塔・・大正11年1922年完成した、長崎県佐世保市の針尾島にある海上保安庁の無線送信所である
巨大な3本のコンクリート製の電波塔
自立式電波塔としては高さ・古さともに日本一である。
「旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設」の名称で国の重要文化財に指定されている・・・とある!
高さは、1号及び2号塔が135m、3号塔が137mで、基部の直径は約12m、厚さは76cm
3本の配置は約300m間隔の正三角形となっている
大正時代に造られたのであれば軍事用だったのでは・・!!

左手に江上湾を眺めながら・・・・ダラダラと・・進みます・・
名護屋城跡から、平和公園まで、約110km、2時間の道のりです・・・

長崎市・・・まず、最初に訪れなければならない地・・・平和公園です!

本来なら、途中行程に、九十九島とか、平戸とか、ハウステンボスとか・・計画に上がったのですが・・・
時間的に無理があるため、そして天気が今一なんで・・・長崎へ直行したわけです・・・!

この長崎観光のために、早朝より、活動しておりますゆえ!・・・・平和公園に到着は午後12時半・・・・
予定どうりです・・・昼食もそこそこで、平和公園の平和記念像に・・・沢山の方が来ておられます!

二人して、黙祷です・・・・・・・・・・
知りませんでした・・・この地が刑務所だったとは・・・
爆心地より、北へ100mにありもっとも近い公共の建物であった・・・昭和20年(1945年)8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾のさく裂によって、刑務所内にいた、職員、受刑者及び被告人 計134名全員が即死した・・・・
写真右下:刑務所の周囲をめぐらしていた壁の一部である

平和の泉・・・
・・・・・・・・・・
のどが乾いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが
        一面に浮いていました
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま飲みました

   ・・・・あの日のある少女の手記から 

・・と、刻まれています・・
原爆落下中心地
被爆当時の地層
写真左下:護岸工事現場より出土  平成8年4月撮影発  写真右下:浦上天主堂遺壁

米軍機B29から投下されたプルトニュム原子爆弾
がこの地の上空500mで炸裂、約15万人の死傷者
を出しました
この地層には原爆によって壊された家の瓦やレン
ガ、熱によって焼けた土、溶けたガラスなどが現
在でも大量に埋没しており、被爆当時の悲惨な
実相を示す被爆資料として現地に保存、展示する


浦上天主堂へまいりましょう・・・浦上天主堂通りを歩いていくと・・・見えました!
浦上天主堂の正面です・・・やはり、沢山の方がおられますね!
今日は残念ながら、教会内部には入れないそうです・・・・

天主堂の北側からパチリ・・ステンドグラスが綺麗です!

登録記念物・・浦上天主堂旧鐘楼・・
写真右下:原爆にて破壊された後の写真・・案内板より拡大してみました・・・多分、赤丸部分ではないかと思えますが・・・
原爆により北側の鐘楼は現在の位置まで落ちたとある

昭和34年(1959年) 現在地に鉄筋コンクリート造りの聖堂が再建されたとある・・・堂々した雰囲気ですね!
写真右下:カトリック長崎大司教館


長崎市の地に入り、平和公園、浦上天主堂を巡ってきました・・・・
原爆被災地の長崎市・・私たちが、平和に長崎観光ができる世が、幸せと感じています!
では、本日の予定・・・坂本龍馬の活躍した、亀山社中、興福寺にまいりましょうか・・・

その前に、宿にチェックインして、「α君」を「P」して・・待望?の路面電車で・・行きましょう





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