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2019年3月18日

牛玉山光明寺・・・弥勒堂と山門の彫刻は、秋塚治助廣貞作でした

兵庫県美方郡香美町小代区平野400、牛玉山光明寺へやってきました
天平年間(740年代前後)、行基菩薩の開基、高野山真言宗の古刹です
そして、牛玉山光明寺の本堂内の欄間彫刻、向拝の彫刻、中井権次橘正貞作です

さらに、牛玉山光明寺の弥勒堂と山門の彫刻は、秋塚治助廣貞作なのです

丹波新聞コラムによれば・・・
中井権次橘正貞と秋塚治助廣貞とは、コラボを時々やっているとあります
・・・う~ん? コラボは、なかなか、お目にかかれなかったのですが・・・


本堂の左側にあります
弥勒堂・・正面三間、側面二間、入母屋造、妻入、向拝一間、桟瓦葺 建立年代:9世紀中期


見事な龍です

左、木鼻

右、木鼻

龍の背面には・・・
「彫工師豊岡住 秋塚治助廣貞」+「當村 若連中」と刻銘がある

護摩堂、戸の前に立ち、被写体との距離は、1m強・・・28mmでパチリは、上写真・・・
Ricoh GX200 19mmで撮影すると、全体が撮影できたよ・・・大正解!



山門です
桁行一間、梁間二間、二重、入母屋造、銅板葺 建立年代:19世紀中期

梁上は、鷲ですかね?

左木鼻・・・秋塚治助廣貞の唐獅子と獏ですね

右、木鼻

右木鼻・・・側面から

梁上、蟇股の背面に刻銘らしきもの発見・・・しかし、判読が難しい・・
「寄進」の文字はなんとか見える・・秋塚治助廣貞ではないようです!


上を覗くと、鐘が・・・但馬牛?がいますね 


天候が・・・↓
・・・本堂屋根と、梅・・・

城壁を思わせる石垣に囲まれた重厚な寺院です
Ricoh GX200-19mm
中井権次一統の足跡と、秋塚治助廣貞作の世界を同時に拝見することができ、200%満足しております

いや、天候は雨になりましたが、PentaxK1Ⅱ+Sony-RX100+新兵器?Ricoh GX200の
19mmの画角も思ったとうりになり、写真撮影、これも大満足でした






2019年3月17日

牛玉山光明寺・・・中井権次一統の足跡を巡って・・兵庫県美方郡香美町小代区平野400

中井権次一統の足跡、美方郡香美町小代区平野400、牛玉山光明寺へやってきました
香美町は昨年秋に中井権次一統の足跡を巡りましたが、雪解けを待って、やっと訪ねることができました

養父市を経て、国道9号線、国道482号線を走ると、「おじろスキー場」の看板が・・・
しかし、今日は雨・・・山を越えれば、天気は変わりますね・・雪でないことが幸いでした


「光明寺」への案内板です(「α君」の窓越しにパチリです)
正面の山は、雪ですね・・・

小代の地とともに1000年余り・・・高野山真言宗 牛玉山光明寺です

事前に拝観のお願いで電話をさせていただきました
・・・本堂の前には残雪が・・・

桁行18.0m、梁間12.0m、入母屋造、向拝一間、銅板葺 建立年代:天保十三年(1842)(寺蔵記録)

天平年間(740年代前後)、行基菩薩の開基にして成り、本尊薬師如来は行基作と伝えられている。
光明院帝(北朝)の貞和年間、野間谷福善寺を当地に移し、牛玉山光明寺と号し、夢窓国師の開山と伝えられている。
天正五年(1577)兵火の災い。諸堂消失し、乱世にて、復興難しく、衰退し、無住となる。
正保二年(1645)平野村住民が衆議し、往古の古跡を整備復興を計る。
現在の光明寺の復興の基盤を築いた
本尊薬師如来は17年に一度のご開帳です


早速、本堂内へ・・・



おお!・・六代目中井権次橘正貞(1791~1855)の欄間彫刻です
下部は須弥壇がありますので、トリミングしております


阿吽の龍 (左側)

中央・・・太鼓をたたく2人の天女の舞姿

阿吽の龍 (右側)

丹波新聞コラムによれば・・・
欅に着色された中井一統の彫り物は初めてだ。天才正貞が晩年、頭に閃いたものを具現化したものなのだろう。
水銀アマルガムを塗り、熱を加えると水銀だけが蒸発し、あとに金が残る。この上に着色する。往時からある技法と聞いた。
ともあれ優美にして迫力満点であると・・・

ご住職から説明をいただきました
欄間の刻銘を探すも見つからないらしい・・一緒に探しましたが、発見できませんでした
恐らく、欄間の縁に墨書きがあるかも・・・
しかし、見事なものです・・・中井権次一統の足跡を巡るものとして、必見です



     黒田雲峰・・・襖絵

向拝を・・・






龍ではなく、三頭の唐獅子です

左、木鼻、持送り


左、木鼻・・・横から

右、木鼻




刻銘・・・
彫物師 丹波柏原住人 中井権次橘正貞



本堂前より境内

    本堂、左手の庭園

久しぶりの中井権次一統の足跡、それも天才正貞の欄間、向拝の彫刻・・・見事です
事前に牛玉山光明寺さんに電話をし、拝見させていただきたい旨をお伝えしました
気持ちよく、ご案内いただき、本堂内の撮影も許可いただきました
ご住職曰く・・・あとはご自由にご覧下さいと・・

そうなんです・・・実は、護摩堂、山門の彫刻が・・・あの、秋塚治助廣貞作なのです
その彫刻は、次回の備忘録で・・・続きます




2016年10月16日

遍照寺・・・中井権次一統の足跡を巡って・・兵庫県美方郡香美町香住区小原!

秋の晴天のなか、余部橋梁、応挙寺でもある大乗寺・・中井権次一統の足跡を巡ってきました
他にも行きたいところ沢山あるのですが、なにせ、帰途の距離が・・・
と、いうことで、予定とうり、中井権次一統の足跡である、遍照寺へと、県道四号線を南下、走ります


到着です・・
・・・この地は、観光バスは通行不可・・農家集落を通る道しかありません・・・

但馬七花寺霊場・・・
・・・特筆すべきこと・・・境内周り終わってからのお話ですが、すべてのお堂は自由に上がれ、お参りさせていただけるのです・・・(*^_^*)
遍照寺・・・千株の桔梗が咲き乱れ、別名、桔梗寺として有名と・・・・
桔梗も時期終わりましたが、よき眺めです!
・・・本堂内を見渡しても、中井権次一統の作品は、無いようです・・別のお堂か?
よく手入れの行き届いた、美しいお庭、境内です・・
お庭から見ると、奥にお堂があります・・・多分、そこに中井権次の作品が・・・ね!
「味取の俵石」石庭
山陰海岸のジオスポットの一つである香住町岡区にある「味取の俵石」を使った石庭です
この俵石は道路工事の折に出た石ですが、二十二万年前に流出した味取火山の玄武岩です
・・・案内板より引用

うん! キレイとおもい、パチリです・・・花の名はわかりません・・・m(_ _)m
太子堂です・・・
・・・中井権次一統の作品が・・・このお堂も自由に入れて、お参りができます・・
躍動感のある、龍ですね!
欅ですね・・・年月を感じさせます

お堂の戸板、4枚ありますが、開いてありますので、2枚だけ・・パチリ!
持送り・・

お堂に入れるので、向拝裏をまっすぐ撮影できます・・m(_ _)m
彫物師 丹波氷上郡柏原城下住人 中井丈五郎橘正次・・とある
しかし、五代目は資料では、 丈五郎橘正忠・・・う~ん?
で、調べてみました・・・七代目、中井丈五郎橘正次であると・・・
そして、今まで数々見てきましたが、丹波氷上郡柏原城下住人という刻銘も私は、初めてですね!
手挟み

ここで、お寺の奥様?か・・気がつきませんで・・と、ご挨拶いただき・・・
・・・どうぞ、お茶を用意しますので・・・と、お誘いいただき・・・
遠慮したのですが、・・・・では、すべて拝観させていただき、再度伺いますと・・・

ええ感じです・・

観音堂・・・十一面観音菩薩、秘仏でしょう・・・お前立ちがおられました

香美町指定有形文化財 宝篋印塔
室町時代末期(1500年前後作)


手入れの行き届いた境内・・苔むした石畳を歩き、すべてお堂は開き、自由にお参りできる、素晴らしいお寺でした!
ほんと、珍しいことと思います・・・

そして、遠慮なしに、お茶をいただくことに・・・なんと、桔梗をかたどった、和菓子・・・いや! 美味しかったです!
久しぶりに和菓子が、美味しいと思ったことは、何年ぶりか?

お聞きしました・・・すべて、お堂が開いておりますがと、・・・ご住職のご意向で、いつでも誰でもがお参りできるようにと・・(表現は少し異なりますが)
お茶をいただきながら、桔梗の写真集も、拝見させていただきました

中井権次一統の七代目の作も拝見でき、ほんと、素晴らしいお寺でした!・・・

ぜひ、来年7月の桔梗の咲く時期に伺いましょう・・・・(*^_^*)