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2018年4月3日

愛宕神社・・篠山市の神社巡り・・兵庫県篠山市吹新

篠山市の神社を巡っています

兵庫県篠山市吹新、愛宕神社です
この神社の前には、篠山市立四季の森生涯学習センター、社会福祉協議会、商工振興会館の立派な施設と、「P」があります
2018年3月23日、篠山市網掛字横山9 八柱神社を参拝いたしました
https://a-shi-a-to.blogspot.jp/2018/03/9.html

その折り、この「P」に、停めさせていただき、徒歩で参拝したのですが、ふと、麓見れば鳥居と、案内板があります・・・見過ごすわけにはいきません、参拝です


愛宕神社

吹新古文書によると、元禄十三(庚辰)1700年の建立で、現在の社殿は昭和58年再建された
当鎮守の森には氏神の春日神社が祭祀されていたが、明治41年東吹下春日神社に合祀されている。村人崇拝の的である愛宕神社は災害守護特に鎮火の守護神であり村始まりの貞享三年之三月より出火危機一髪の際にも 大火に至らず今日の及んでいる・・・案内板より引用



案内板に東吹下春日神社・・そうなんです!
参拝すべく、探したのですが、社頭、参道を発見できませんでした
又の機会に探してみたいです・・・予定して探して見つからない場合、無性にいきたくなるのです・・・いきましょう・・ね!





2018年4月2日

春日神社・・中井権次一統の足跡を巡って・・兵庫県篠山市岩崎71

篠山市の神社を巡っています

篠山市岩崎71 岩崎 春日神社を訪ねます
後で、判明したのですが、中井権次一統の足跡でもあります

県道306号線から二筋ほど南の東西の道沿いに岩崎公民館があり、その岩崎の集落の奥に鎮座する春日神社・・
ため池のすぐ側、用水路があり、社頭を正面から撮影はできません
境内です・・・広いですね
舞殿と社殿
社殿


御祭神:天児屋命 
由 緒:創立は詳らかでないが、大永三(1523)年に村の東方、字地所寺の坪に鎮座後、今から三百年ほど前に数百メートル離れた現在地に遷し祀られたと伝えられる。
遷座は前の場所が山の中で参詣に不便であったためといわれる。
時代は遡るが、南北朝時代の建武三年(1336)11月1日の『足利尊氏安堵書上』に「可命早近衛局(本名民部卿)領和丹波国大沢庄内石前、宇工両村」と見え、
当村などが持明院基盛の娘近衛局に安堵されているし、その後荻野尾張守に押領されたため、近衛局の子持明院行雅がこれを幕府に訴え、文和三年(1354)8月18日波々伯部八郎左衛門尉に押領の停止を命じた記録があるところから、14世紀には近衛家領であったことが判る。春日の神は藤原氏の氏神であるから、家領守護のため祀られたものであろう。
・・・全国春日連合会より引用


右から・・・八幡大神、春日神社、加茂大神の相殿
手挟み

左脇障子
右脇障子
木鼻
木鼻


あまり見かけない面構えの狛犬君ですね

牙が目立ちますね!

社殿前に石灯籠が並ぶ・・・
手前三基は定かではないが、天明?年(1781~1789)か? その奥は、寛保?年(1741~1744)と、読めるが・・・
玉垣前の石灯籠・・文政?年(1818~1830)と読めそうだが?


写真上のお社の梁上の蟇股・・・愛くるしいですね

石灯籠の数多く、写真を選んでいますが、いつものように年代を探す、判読するのも、また、楽しい・・・のです!




2018年4月1日

稲荷神社・・篠山市の神社巡り・・兵庫県篠山市西八上349-1

篠山市の神社を巡っています

篠山市西八上349-1、稲荷神社です
国道372号線沿い、路肩には「P」することもできず、いつも、横目で見ながら往来していました
しかし、今回、西八上公民館の付近に「P」させていただき、参拝することができました


法光寺城跡(国史跡八上城跡)
八上城跡は「丹波富士」と呼ばれる高城山(標高462m)に築かれた八上城を本城として、奥谷城、法光寺城、からなる東西3kmに及ぶ大規模な中世の山城です
法光寺城は、八上城西麓の殿町に存在した城下町を守るために築かれた支えの城である
法光寺城の築城によって城下町はその西に強固な防衛線を有することになる
法光寺城築城の時期は天文年間(1532~1554)頃と見られる。永禄二(1559)年、波多野氏が摂津芥川城主三好長慶の軍に八上城を攻められた際、法光寺城が敵将内藤宗勝の手に一時わたったという記録がある・・・案内板より一部引用

稲荷神社、社頭です

参道を登ると、石灯籠が並んでいる
右から、?寅と読めるが不明、文化三(1806)年 文化十(1813)年とよめるが、左端は不明
社殿が見えてきました
こちらの道が参拝順のようで・・・薬師如来と木板に書かれている

社殿
主祭神:宇迦御魂命  
由 緒:元禄十四年(1701)創立、寛政三年(1791)、本殿覆屋再建

向拝

              左脇障子
              右脇障子

さぁ、戻ります・・・この石灯籠は、寛政八(1796)年と読める

国道372号を挟んで稲荷神社社頭の前にある、西八上公民館
篠山市西八上349-1 稲荷神社の情報はググっても、ありません
法光寺城跡(国史跡八上城跡)の案内板があるので、恐らく、登山口でしょうね!

八上城跡の説明を読めば、織田信長、明智光秀の丹波攻め際の、八上城への兵糧攻めは悲惨そのもの・・・戦国時代では当たり前のこと・・!
・・・篠山市の神社を巡る際には、明智光秀の丹波攻めは忘れてはならない出来事です