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2018年8月26日

吉野神社・・中井権次一統の足跡を巡って・・京都府宮津市文殊287

中井権次一統の足跡を巡っています
京都府宮津市文殊287、吉野神社を訪ねます

てつたび風、由良川橋梁を通る電車を撮影しました
その京都丹後鉄道と平行?して走る、国道178号線を、宮津市、天橋立へ向かいます

国道178号線から見た、丹後由良海水浴場・・・今日は無理ですね・・・荒れています

国道178号線から府道2号へ・・天橋立へやってきました
・・・お! 大渋滞です、又、なんと、観光客の多いこと・・・そうか! 今日はお盆休み!
大渋滞、そして観光客の多いのは、仕方ないス・・・

県道2号沿い、京都丹後宮津線 天橋立駅です(奥、舞鶴方面)

本来なら、神社前に「P」できるようなのだが、今日は無理・・・
市営の「P」に駐め、踏切を渡り、歩きます・・・


踏切からすぐ! 社頭です

中井権次一統の足跡、作品集第二版 宮津市に追加された・・No.7・吉野神社です

「延喜式神名帳」にある「吾野神社(丹後国・与謝郡)」に比定される式内社の論社
吉野大神とも称され、もとは知恩寺の鎮守だったという。
往時は、三寶荒神とも称したが、明治の神仏分離令で現社名に改称した。
御祭神は不詳・・・と、ある




社殿の周りはパイプの足場が組んであり、身を乗り出せず、容易に撮影ができないのです

木鼻

手挟み


       右脇障子
刻銘探すも、発見できず・・龍といい、木鼻といい、恐らく中井権次橘正貞でしょう


境内社 稲荷神社

「P」へ戻る途中・・・撮り鉄?です

「P」に戻り、府道2号を僅か西に走り・・・路肩から天橋立を眺めます
山の上に、傘松公園のロープウエイが見えます・・・そう、麓は、元伊勢籠神社ですね

2017年7月6日 参拝しました・・・
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2017/07/blog-post_6.html


天橋立から西の海は、阿蘇海・・・波穏やかなのですが、今日は荒れています
・・・観光モータボートと、遊覧船・・・満杯のようですね

久しぶりにSONY-RX100のパノラマ写真で、天橋立を・・・

市営「P」は終日600円、しかし、私は、滞在1時間・・・
智恩院とか、天橋立の観光をと、考えましたが、なにせ、人人人・・・遠慮いたします

天橋立・・・人影がまばらな時期に訪れて、静かな時にゆっくり観光しましょう・・・



追記:「中井精也のてつたび」での、撮影ポイントの一つ
・・・股のぞき発祥の地とされる大内峠一文字公園・・・
天橋立が「一字」と見える、隠れた名所らしい・・・次の機会にぜひ、訪ねたい・・・
「P」の係員のおじさんに尋ねたら、おじさんも推奨でしたよ




2017年8月7日

桜山天満宮・・・中井権次一統の足跡を巡って・・京都府宮津市


中井権次一統の足跡を巡って・・京都府宮津市へ三度目です!!
事前調査不足? 作品集の一覧に掲載されていない、桜山天満宮を訪ねます・・・
しかし、本家のHPにはチャンと写真入りで、紹介されています
しかも、なんということでしょう・・・仏性寺の隣なのでした・・・アチャ!

仏性寺の山門脇に「P」して、歩いてと、思いきや、道路工事が始まり・・・退去を!!
社頭・・・
左から、右へ、一方通行・・・南より境内へ・・・「α君」がいてます・・m(_ _)m


拝殿・・・
・・・中門、本殿と・・・中門前には、「出雲構え獅子」が・・
天満宮、由緒・・・
古くより天神社・天満宮とよばれてきた
もとは社殿うしろの桜山にあったというが、その勧請年代は不詳
寛永年間(1624~1644)に宮津藩主京極高広が現地に再建したと伝えられる・・・中略・・・
ここに祀られる菅公神像は、もと豊臣秀吉が身辺に守護神としてもっていたものを、側室松の丸の手を経て、藩主京極高弘に贈られたもとと伝える
京極高広は境内地の一角に、田辺の円隆寺成就院より宥栄法印を招き成就院密厳寺を建てて天満宮の支配に任じた
・・・案内板より引用


追記:境内宝物館には、祭礼屋台などを収蔵している・・・

・・・宮津市芸屋台・・・
宮津市の10月の行事、和火が10月10日から12日まで行われるが、その中の1日だけ芸屋台「天神山」が公開されました。 その屋台の彫り物が中井権次正胤であることがわかりました。正胤は74歳で亡くなっていますので、まさにこの世に生を受けてからこの世を去る時まで彫物師だったようです・・・刻銘「兵庫氷上郡柏原町 彫刻師八代目 中井権次正胤 七十四翁作」
・・・中井権次作品集より、引用







残念なことに、刻銘は見当たらない、いや、背後にまわることさえできないので確認不可です・・・
・・・それに、中井権次作品集の記述によると「中井権次一統か?」とある・・・

まぁ、それはそれで、多分、中井権次一統の足跡であろうと、推測します・・・(*^_^*)


参拝日:2017年8月4日











2017年7月31日

住吉神社・・中井権次一統の足跡を巡って・・京都府宮津市上司1332-1


中井権次一統の足跡を巡って、京都府宮津市を走っています・・・
今回は、京都府宮津市上司の住吉神社を尋ねます
・・・国道178号を宮津市外から東へ栗田トンネルを越え、府道604号の旧道へ入ると・・右手に立派な鳥居があります・・・
しかし、「P」ができない・・・仕方なく、府道から頭入れて、「P」させていただきました・・・m(_ _)m
社殿が見えます
御祭神は表筒男命、中筒男命、底筒男命・・・
向拝・・・
メチャメチャな写真です・・・一連の設定ミス・・・

拝殿内・・・
・・・残念ながら、本殿は、皆目、拝見できません・・・
彫刻は、木鼻しか、確認できません
彫刻は、六代目、中井権次正貞とのこと・・・中井権次作品集より引用
見事な、筆文字ですね・・・明治28年か! 墨の色は健在ですね
本殿・・・
天幕に覆われ、全く、拝見できません・・・受け付けてくれないようです・・・
参道を戻ります・・・正面、奥に、海!! 鳥居が見えます・・
手水舎・・・
・・・宝暦十(1760年)とよめる・・・

神社参道より望む、栗田湾・・・おおぉ、キレイですね・・・
夏=海=天気?かなぁ・・・?
左の塔は・・・関西電力、宮津エネルギー研究センターの煙突?
海岸から神社参道から本殿を・・・
・・・この参道を神輿が走るらしい・・・参道には、立ち入らないよう、縄で仕切っているが・・

これで、中井権次一統作品集にある、宮津市は、全て、拝見しました
しかし、本家のホームページに掲載されている作品集には・・・・
宮津市、杉末神社、桜山天満宮、慈光寺、与謝野町では、稲崎神社があります
この四社が、中井権次一統作品集には、未掲載なのです・・・(>_<)


次回、宮津市へ行く際には、完全踏破をいたしましょう・・・


それにしても、今日の日本海・・・海の青、そして、波静か、空どこまでも青く・・いや、最高でした!


参拝日:2017年7月21日















2017年7月10日

七神社(七社大明神)・・・京都府宮津市伊根町泊

浦嶋神社の宮司さんより、お勧め?の神社・・・七神社 ここの彫物も凄いよと・・・


そこは、国道178号線を南下し、別荘が立ち並ぶ、鋭角の交差点を左へと教えられました・・
             



神社境内には、由緒、案内板などは見つからない・・備忘録、記するとき、ググってみました

・・・伊根町誌によると・・・

・・・七神社(七社大明神又は七所社)泊小字宮垣(旧村社)
祭神:天神七代(天之御中主神・高御産巣日神・神産巣日神・宇麻阿斯詞備比古遅神・天之常立神・国之常立神・豊雲野神)の神を祭り、泊・井室・六万部の産士神としてある

沿革:創建は天暦元年(947) 四月とされているが、確実な記録による年代は、「文明十四年(1482)八月二十六日上棟」の記事のある棟札がある
なお棟札中に泊の「刀祢」と呼ばれる土着の地主名や、伊振村(井室)では池本太郎四郎が「権守」として名を連ねている・・・・伊根町誌の掲載記事より一部引用



覆屋に護られてた社殿・・・なかなか、見事な彫物、向拝、中央には小ぶりの龍、その左右の蟇股には、阿吽の虎?が・・・龍の上には赤球がある、そして、木鼻の獅子の耳には、赤い色が残る・・


       手挟み


左右脇障子・・・
右、木鼻・・・
左、木鼻・・・
狛犬

鳥居横の巨木?・・・根は大きく張っているが、幹上部は、切断されているね・・・


浦嶋神社の宮司さんのお話どうり、見事な彫刻である・・・
・・・私の見たところ(当てにならないが)、中井権次の作ではない・・・私感!

もしかしたら、浦嶋神社の宮司さんがこの七社大明神も兼務されているのかなぁ?

ともあれ、蒲入展望所、七社大明神をお勧めいただき、お陰で、素晴らしい眺望と、見事な彫刻を拝見できました・・・m(_ _)m



参拝日:2017年6月15日









2017年7月9日

浦嶋神社・・・中井権次の足跡を巡って・・京都府宮津市伊根!


中井権次の足跡を巡って、京都府宮津市伊根まで、やってきました・・・
七面大明神は、少々、場所探すのに手間取りましたが、無事、六代目の作を拝見いたしました

今回は、さらに、丹後半島を北上・・・浦嶋神社を参拝します・・・


むかし、むかし、あるところに、浦島太郎が・・・の、おとぎ話です・・・

各地にある伝説の一つ、丹後半島に伝わる地、浦嶋神社です・・・

・・・伊根浦から経ヶ岬へ行く途中に、日本最古の「丹後風土記」に描かれている浦嶋子(浦島太郎)の物語の舞台となった浦嶋神社がある。この神社は天長二年(825)当時の丹後の豪族であった浦嶋一族の業績をたたえて建立されたと云われている。
日本最古といわれる浦嶋太郎物語が細かく描かれた浦嶋絵巻(国指定重要文化財)、室町時代中期から桃山時代にかけての見事な文様が施されている乙姫小袖(国指定重要文化財)さらに室町時代に作られたとされる亀甲文櫛笥の玉手箱などがある・・・京都府観光協会より引用


大きな拝殿が見えてきました
浦嶋神社【宇良神社】
鎮座地 伊根町手本庄決-九一書地
祭神: 浦島子(浦島太郎)
相相田:月讀命 祓戸大神表

創建:天長二年(825)七月二十二日 浦嶋神社は宇良神社ともよばれ、醍醐天皇の埠延喜五年(905)撰上の「延喜式神明帳」所載によると 「宇良神社」と記載されている式内社
創祀年代は、淳和天皇の天長二年(825)、浦島子を筒川大明神として祀る
その大祖は月讀命の子孫で当地領主、日下部音等の先祖であると伝わる
伝承によると、浦島子は雄略天皇二十二年(478)美婦に誘われ常世の国へ行き、その三百有余年 を経て淳和天皇の天長二年(825)に帰ってきた
常世の国に住んでいた年数は三百四十七年間で、淳和天皇はこの話を聞き、浦島子を筒川大明神と名付け小野篁(802-853)を 勅旨として派遣し社殿が造営された
なお、社殿が北極星を向いて造営されており、道教の影響から北極星信仰がある
・・・案内板より引用




うん? 拝殿の正面の写真がない・・・(^^;)
・・・そうか、ここで、宮司さんと、お会いして色々お聞かせ頂いたので、撮影したつもりだったのです!

向拝の龍・・・そう、八代目中井権次正胤の作です・・・
・・・それにしても、ちと、見上げすぎ、角度悪し・・・情けない・・m(_ _)m
国登録有形文化財
現社殿は、元治元年(1864)四月十三日の火災による類焼、焼失し、明治十七年(1884)再建された 丹後地方を拠点に活躍した冨田一族である加悦町、冨田吉助の手による建築であり、、また「西の左甚五郎」と云われた中井権次(八代目正胤)一統による見事な彫刻が施される

本殿:神明造、桁行三間、梁間二間の切妻造、茅葺、平入 四週に縁と高欄を廻すが、床が高く、縁束を2段の貫で固める 
常時は不在の神を招来するため、背面中央1間は高欄が切れている  基壇の上に亀腹を築き、礎石建とする 
柱は床下を八角、床上を円柱とし、切目長押、低い位置の腰長と内法長押を、内、壁は横目板とする 
塔は銅板で覆い、置き千木と細身の堅魚木を配し、妻飾りは豕叉首鳥居掛け  正面構えに特徴があり、中央間は両開きの板戸、両脇間は一枚板の鏡戸とする
  鏡戸は祭事に取り外せるようになっている 
丹後地方に見られる神明造系社殿の系譜に本殿も連なるものと考えられる
本殿西南隅の縁束は、井戸屋形が取り付く  切妻の銅板屋根を本殿の縁束と柱2本で支える 
下に石組みの井戸があり、目の神様「御井さま」として信仰されている 
本殿は丹後地方特有の神明造系に連なるものとみられるが、在地かした神明造系社殿として注目される 
棟札により年代、棟梁が明らかであり、丹後地方の近代神社建築に一つの基準を提供する遺構である

拝殿:割拝殿(吹放し)、桁行三間、梁間二間、入母屋造、銅板葺、平入り 石造りの布基礎に角柱を立て、内外に内法長押を廻す  組物は詰組の出組せ、さらに組物間に蟇股には、内部彫刻が施され、題材は亀、兎、鯛、鳥、波、雲、松、蓮であり、配置は左右対称である  拝殿は中殿とともの本殿と対照的な装飾性に中井大工の作風がよく表れる

中殿:桁行二間、梁間一間の切妻造 梁間を拝殿中央に合わせる 梁は反転曲線の虹梁と棟木の支持形式を梁筋ごとに変える 拝殿側から、二重虹梁大瓶束、虹梁上に皿斗と徐々に積上げ高を低める 虹梁袖はそれぞれ根肘木で受け、なかでも拝殿則柱筋の根肘木は籠彫りの持送り状をなす

現存する棟札類
【室町時代】嘉吉二年(1442)、文明六年(1472)、永正三年(1506)
【江戸時代】明暦元年(1655)、元禄六年(1693)、享保二年(1717)、嘉永七年(1854)、明治十七年(1884)
・・・案内板より引用



拝殿、内部・・・
浦嶋子・・・さすが、亀の甲羅の奉納額が見られます・・・

蟇股・・・内部彫刻が施され、題材は亀、兎、鯛、鳥、波、雲、松、蓮であり、配置は左右対称である


中殿・・・
・・・梁は反転曲線の虹梁と棟木の支持形式を梁筋ごとに変える
・・・拝殿則柱筋の根肘木は籠彫りの持送りがみられる・・・
本殿の一枚板の鏡戸が望める・・・


本殿:神明造、桁行三間、梁間二間の切妻造、茅葺、平入
・・・ 四週に縁と高欄を廻すが、床が高く、縁束を2段の貫で固める 



本殿、左面から、・・・工事中でしたので、背面に回れせんでした・・・
宮司さんのお話では、神明造だが、棟持ち柱を、もたない方式らしいと・・・
拝殿、向拝の持送り







蓬山(とこよ)の庭・・・
日本書紀・浦島口伝記では、「蓬菜山」を「とこよ」万葉集では、「常世」を「とこよ」としている 古代中国の神仙思想の影響を強く受けたもので、この庭はこれら文献及び浦島明神絵巻(重文)にもとづいてつくられた


 拝殿前の石灯籠・・安政三年(1856)とよめる

京都府宮津市、中井権次の足跡を巡ってきました・・・
残念ながら、拝殿正面の写真をミス! 

しかし、お会いした宮司さんのお話も貴重でした・・・
そして、この先に七神社があります、そこも、中井権次の足跡、彫物がすばらしいと・・・
さらに、北へ走ると、丹後天橋立大江山国定公園 蒲入展望所が、最高の眺望が・・・ぜひ、行って下さいと・・・

色々、ご親切に、ありがとうございました・・・では、走ります・・(*^_^*)

もう一度、訪れたい神社の一つに・・・機会を見つけて、是非・・・参拝します


参拝日:2017年6月15日






浦嶋神社、公式サイトから画像、文、 紹介します・・・

拝殿正面の彫刻(ヘッダー部の写真)は江戸時代に活躍した丹波国(現在の兵庫県柏原市)の中井權次氏の作となっている・・・サイトより引用


浦嶋神社、公式サイトを開くと、説明文のごとく、TOPが、そう、中井権次の龍なのです
尋ねる前後、色々とサイトを、拝見させていただいていますが、ヘッダにご使用されているのは初めてみました・・・
中井権次の足跡を巡る私としては、大変、うれしいことです・・・おおおぉ・・です!