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2017年12月7日

尾上神社・・・文化財を巡って‥兵庫県加古川市尾上町長田518

兵庫県加古川市の文化財を巡ります・・・

兵庫県加古川市尾上町長田518、尾上神社・・
・・・随神門、拝殿、幣殿、本殿が登録有形文化財です・・・全部ですね・・
そして、境内には謡曲「高砂」に謡われた相生霊松「尾上の松」があると・・・

・・・随神門・・・
登録有形文化財(建造物) 木造,三間一戸八脚門,入母屋造,銅板葺‥角柱を長押で固め,虹梁形の飛貫上に蟇股を載せる。軒は一軒半繁垂木。正面中央間に両開戸を吊り、両脇間は板壁で囲い、両脇間後室に随身像を向き合わせに安置する。


わがまち加古川60選・・・尾上神社・尾上の松

祭神は、海の神様、住吉大明神です。境内には謡曲「高砂」に謡われた相生霊松「尾上の松」があり、現在の松は8代目です
国重要文化財の「尾上の鐘」も代表的な朝鮮鐘として有名です
「尾上の鐘」にはその昔、海賊に盗まれて海に沈められた後、漁師の手によって引き上げられ高野山に奉納されたが、鐘をつくたび「おのえへ、いの~」と 聞こえたため、尾上神社に戻されたという伝説があります・・・案内板より引用


・・・拝殿・・・登録有形文化財
本殿前面に付設して建つ。木造平屋建、桁行三間、梁間三間、入母屋造、本瓦葺とし正面に千鳥破風を付け背面に入母屋屋根を付ける。妻飾は正面以外を木連格子として拝殿と意匠を合わせる。本殿側に祝詞座を設け、規模が大きく、屋根のつくりも特徴がある
                          ・・・文化庁より引用・・・

兎の毛透し

梁上「尉と姥」と松・・・お見事です・・・


右から、拝殿、弊殿、本殿と・・・
・・・弊殿・・・登録有形文化財  
本殿前面に付設して建つ。木造平屋建,桁行3間,梁間3間,入母屋造,本瓦葺とし,正面に千鳥破風を付け,背面に入母屋屋根を付ける。妻飾は正面以外を木連格子として拝殿と意匠を合わせる。本殿側に祝詞座を設け,規模が大きく,屋根のつくりも特徴がある
                           ・・・文化庁より引用・・・


・・・本殿・・・登録有形文化財
 宝暦年間(1751~1829)、木造、三間社流造、銅板葺・・・ 庇側面を板壁とし、前面を幣殿の祝詞座に接続する。妻は二手先の組物で,妻飾を二重虹梁大瓶束の形式とし、本格的な神社本殿のつくりとする・・・文化庁より引用


都恋しき片枝の松
神功皇后のみあとをしたって枝葉ことごとく東に向かって張ったといわれる
その形状は、あたかも龍のうづくまった様にて、千載霜におごる色深く、誠に希世の老松であったが、昭和二十四年枯死、現在は三代目である

七代目尾上の松 相生之松 尾上の松
・・・謡曲「高砂」に謡われた相生霊松「尾上の松」・・・

六代目尾上の松は、平成二十一年に松喰い虫の為、枯れ死いたしました
現在は、平成二十三年に松喰い虫に耐性をもつ苗木を確保し、「八代目」「九代目」の「尾上の松」植樹いたしました・・・と、石造門に説明書が貼られています

紋は、揚羽蝶ですね・・・


国指定重要文化財・・・銅鐘(尾上の鐘)
残念ながら、厳重に保管されているようで・・・

賽銭箱・・・ここにも、揚羽蝶!



・・・大村神社・・・境内、随神門を入り、右手に・・・
由緒・・・古来、大村神社・歳神社とも旧長田村の地神様として信仰されておりました。
特に大村神社は、「ワーワーの頭」の大村講の神社として信仰されておりました。
大村神社は、旧長田村の北西の旧今福村との境に、歳神社は旧長田村の西の旧養田村との境にそれぞれ鎮座しておりましたが、明治39年官無格神社の合併奨励の通達があり、明治42年10月19日の両者を合併し、旧長田村の崇敬者等の篤志をえ、大村神社の社殿を尾上神社の境内に修理移転し遷座いたしました・・・案内板より引用



           ・・・道標・・・
謡曲「高砂」に謡われた相生霊松「尾上の松」・・・なかなかの枝振りでした
・・・松食い虫の被害で、枯れ死、これは防ぎようがないようですね!・・・
八代目、九代目と、育て、継承を・・・m(_ _)m





2017年12月6日

泊神社・・・文化財を巡って・・兵庫県加古川市加古川町木村宮本658

兵庫県加古川市をウロウロしております

兵庫県加古川市加古川町木村宮本658、泊神社を訪ねます
・・・宮本武蔵・伊織 ゆかりの宮とあります・・・こちらも、七五三詣の幟が‥・
随神門



わがまち加古川60選 泊神社

神代に伊勢神宮の御神体の一つである御鏡がここに泊まり着いたことから泊神社が起こったといわれています
祭神は、天照大神・少彦名神・国懸大神です
現在の社殿は、永承二年(1653)宮本武蔵の養子、宮本伊織が改築したときのものといわれています
一歩足を踏み入れると境内は広く、南北朝時代の石弾城の石垣と思われるものや、宮本伊織寄贈の花崗岩製の灯籠、市指定文化財の36歌仙図絵馬が残っています
                           ・・・案内板より引用・・・

右から、絵馬殿、拝殿、本殿と・・・
神額・・・「正一位泊大明神」・・・
登録有形文化財の証
本殿、登録有形文化財
南面する入母屋造妻入銅板葺で、正面に軒唐破風付の向拝を付ける特徴的な外観となる。一間社で、背面は中央に柱を建て二間とし、正・側三方に榑縁をまわす。身舎は円柱で、柱上は出組。向拝は三斗組で、中備に蟇股を置く・・・文化庁より引用

・・・泊神社 灯籠・・・
この本殿裏の二基の灯籠は、宮本伊織とその一族である田原正久が寄進したものです
二基とも花崗岩製で、承應二年(1653)三月に寄進したことが、銘文によって明らかです
宮本伊織のもの(右側のもの)は、全高279cm、田原正久寄進のものは、全高165cm、あります
                            ・・・案内板より引用・・・

手前が、宮本伊織寄進の灯籠  奥が、田原正久寄進

・・・能舞台・・・


・・・石弾城趾・・・

城主は、大井三樹伊豫守宰任従五位左京亮で、暦応二年八月三十日雁南荘地頭職を給わり、この城に居を構えた。次宰の五男に雁南右衛門四郎勇という者がいて、永和元年五月五日父の跡を継いだ。正六位に任じられ、主馬助と号し赤松氏に従っていた。この勇の長男に雁南行部太郎長という者がいて、亨徳三年家督を継いで木村源五郎と号した。父にしたがって武功があったが、康正元年父勇討死の後、なおこの石弾城を固め守っていたが、長禄元年三月、山名宗全に攻められ討死して遂に落城した
                            ・・・案内板より・・・

石垣があると云われているのですが、見つかりませんでした・・・(>_<)

「P」に戻り、西、見れば、鳥居が・・・参道だったのですね・・・ここで、失礼!
宮本伊織・・・武蔵の供養の為、社殿を改築らしい  宮本武蔵は謎多き人物・・・
痕跡を辿ることも、面白いのだが・・・まぁ、それはそれとして・・・
承應二年(1653)三月に寄進の、石造灯籠、指定文化財には、ならないのかなぁ?






2017年12月3日

日岡神社・・・兵庫県加古川市加古川町大野1755

兵庫県加古川市をウロウロと・・・
紅葉の名所、日光山常樂寺から、安産の神様、日岡神社へ参ります

加古川の土手を走る県道18号線を通ります・・・見えてくるのが、巨大な加古川大堰・・・
・・・堰長、422mです・・・凄いですね
加古川大堰
加古川の河口から約12kmの地点に位置する加古川大堰は、洪水を安全に流下させるための疎通能力の確保、水道水や工業用水等逼迫する水需要への対応、下流部の既得用水の補給や河川の正常な機能を維持するために必要な維持流量の確保などを目的として、昭和55年度から建設に着手し総事業費約400億円を費やして昭和63年度に完成した可動堰です

日岡神社到着です・・・

迎えてくれたのは、随神門・・・
うん? 七五三詣の横幕が・・・多いス! 参拝者さん達・・・(*^_^*)
大きな石造燈籠・・・ここから見ても、境内の広さが想像できますね!!



わがまち加古川60選 日岡神社
主神は天伊佐々彦命です
景行天皇の皇后稲日大媛がご懐妊された時、最初の皇子が大変難産だったため、 七日七晩天伊佐々彦命が安産を祖神に祈願したところ、無事出産されました
このことから「安産の神様」としてその名を馳せ、播磨随一の大社になりました
現在も安産祈願や御宮参りなどの参拝者が絶えません
社殿に向かって右側手前に日岡御陵への表参道があります・・・案内板より引用

境内です・・・
・・・七五三です・・・う~ん? 社殿、拝見・・・これは、お邪魔できませんね・・・(^_^;)
安産の神様、七五三詣で、宮参り・・・賑わうでしょうね!
播磨随一の大社と云われるように、素晴らしい社殿ですね・・・
正一位日向大明神ともいい、天平二年の創立と伝えられる・・・社有地は約四万坪
社務所・・・
ご祈祷受付‥


「P」の横手に・・・
居屋河原日岡神社 通称大鳥居神社
このお宮は昭和46年7月に加古川市加古川町寺家町字居屋河より移転しました「居屋河原日岡神社」です


広大な境内・・・加古川では、有名なようですね・・・
偶然にも、七五三詣でと、重なりました・・・
・・・物見遊山の私ごときは、お邪魔になります故、ウロウロせず、拝礼して、帰りましょうね・・・m(_ _)m

しかし、大きな神社のお祓いは、多数の方々、みんな一緒にお祓いですね・・・
・・・私的には、個別が良いと思うのですが・・・


参拝日:11月24日