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2018年9月12日

導観稲荷神社・・源水の大スギ・・京都府船井郡京丹波町須知岩清水20

京都府船井郡京丹波町須知岩清水20、導観稲荷神社を訪ねます

導観稲荷神社には、京都府の自然200選に選ばれている根張り約10mの「源水の大スギ」が聳えています・・・スギでは京丹波町最大です・・・

京都縦貫自動車道丹波ICの南西約400m先に導観稲荷神社が鎮座しています

「P」した路肩から見上げると・・・
・・・ニョキっと、巨木はここやで! と、存在感を示していますね

社頭
・・・左は児童公園、右は民家です



      参道


導観稲荷神社由緒

拝殿・・・

祭神・・・
本社、奥社ともに祭神は倉稲魂命、俗に導観稲荷大神と称し奉り相殿には観政稲荷大神、観月稲荷大神を祭祀している








京都府の自然200選に選ばれている根張り約10mの「源水の大スギ」
スギでは京丹波町最大で、根元から清水が湧き出ているので「源水の大スギ」と呼ばれています。また湧き出る清水は「導観さんの岩清水」と呼ばれています

      ・・・幹周:7. 20m、樹高:40m、樹齢:推定400年・・・

根元を・・・
この杉は二本接しており、根元が合着していて、根元から清水が湧き出ているので「源水の大スギ」と呼ばれています。また湧き出る清水は「導観さんの岩清水」と呼ばれています



写真上、下・・2枚、縦に並べてみました・・・
・・・・巨木の雰囲気、分かりますかね・・・少しサイズが違いますが!

境内の端まで下がっても、ご神木の「源水の大スギ」全景は写りません・・・
・・・このスギの巨木・・・いままで見てきたスギの巨木のうち、トップ10に入りますね・・・

もちろん、抱え込むように、木肌に触れ、パワーを頂戴いたしました・・・




2018年6月29日

何鹿神社・・・京都府船井郡京丹波町曽根竿代29

京都府船井郡京丹波町曽根竿代29、何鹿神社を訪ねます

山王七社・・・・何鹿神社、橋爪の二ノ宮神社(八幡宮)、酒治志神社、九手神社、子守神社、能満神社と日吉神社を巡っています・・・

延喜式内社、何鹿神社です


社頭、案内板・・・

何鹿神社(延喜式内 出石鹿いそ部神社) いそ・・・山偏に石、文字がない!

祭神:大山祇命  品陀別命 彦狭知命
天武十二年すでに社が遭ったと伝えられ、大宝二年(702)から出石鹿いそ部神社、正和四年(1315)から何鹿神社と呼称している。

永禄十二年(1349)再建、弘化五年(1848)再建。
貞和五年(1349)に書かれたと認められる大般若経が明治六年(1873)まで社内に存在していた天正の頃まで中丹波山内荘7社の神輿が当社に集まり祭礼式を執行した。
本社は山内の荘の一宮とされ、昔から荘内の人々が尊崇し神輿の存在中は例祭日に右7社の神輿をかついできて御旅祭礼があったと伝えられる。
平成11年5月12日不審火により全焼した。本殿は弘化五年2月再建のもので三間社流造檜皮葺き(50㎡)軒唐破風の向拝を一間に造る形式、端正な中に柔らかな味を漂わせ江戸末期の特徴をよく現した建物でその上に覆い屋鋼板葺き(82㎡)があった。
現在の社殿は、平成11年氏子の中より再建委員八名、委員長は村山和夫を選出、再建の議がまとまり、平成12年4月より十年間、氏子一戸につき毎月2000宛の積み立てにより工費を拠出することとなり、設計を谷垣俊平、施工を松本寛・森次郎・北村亨・西畑幸二共同企業体、代表松本寛が担当、平成12年4月25日着工、平成13年10月完成。その工費約七千萬円、その規模形式は三間社流造銅板葺神饌所を併設し約60㎡である・・・案内板より全文引用・・・




       参道

拝殿

うん? 本殿全体写真がない・・・撮影ミス‥・ 仕方ないス!

新本殿


境内社・・・春日神社、大原神社




     本殿前、石燈籠‥・正徳三年(1713)と読める

旧社殿の瓦か?


何鹿神社の付近の栗の木・・・花、満開・・・梅雨ですね

栗の花は梅雨入りの少し前に咲く花・・・・栗の花は「墜栗花」と呼ばれ、梅雨を知らせる花とされます・・・TVの気象説明にて知りました
この一帯は、栗栽培か? 背の低い栗の木が花を咲かせていました

山王七社・・・・何鹿神社、橋爪の二ノ宮神社(八幡宮)、酒治志神社、九手神社、子守神社、能満神社と日吉神社を巡ってきました

これで、すべて山王七社すべて参拝いたしました

何鹿神社・・・出鹿郷の総社として崇敬され「一の宮」とも称されていたらしい
由緒には、天正の頃まで中丹波山内荘7社の神輿が当社に集まり祭礼式を執行したとある

山王七社巡りの参拝がこの何鹿神社が最終とは、偶然であるが・・・うん!




2018年6月28日

日吉神社・・・京都府船井郡京丹波町井尻宮越15

京都府船井郡京丹波町井尻宮越15、日吉神社を訪ねます

山王七社・・・・何鹿神社、橋爪の二ノ宮神社(八幡宮)、酒治志神社、九手神社、子守神社、能満神社と日吉神社を巡っています
能満神社と日吉神社は兄弟社と言われていました

鳥居・・・2014年に建て替えられたと・・・

舞殿

境内には、由緒書、案内板は見つかりません

御祭神 :大山咋命
文安元年(1444)創建と伝わります。旧社格は村社。


三間社、本殿

向拝
・・・珍しい獅子噛み? 鬼噛み?

木鼻

木鼻 持送り

    左、脇障子

     右、脇障子

       本殿、右側・・恵美須神社

       本殿、左側・・産霊神社

    旧山内庄山王七社の1社で、石燈籠に「六之宮大明神」と刻まれ・・・
    そして、寛政五年(1739)と読めます

社務所



      鳥居横の巨木

山王七社・・・・何鹿神社、橋爪の二ノ宮神社(八幡宮)、酒治志神社、九手神社、子守神社、能満神社と日吉神社を巡っていますが、残り一社は、何鹿神社です

日吉神社・・・情報が少ないです



2018年6月27日

九手神社・・・京都府船井郡京丹波町橋爪

京都府船井郡京丹波町橋爪、九手神社を訪ねます
・・・本殿が、国指定重要文化財なのです・・・

山王七社・・・・旧山内庄の何鹿神社、橋爪の二ノ宮神社(八幡宮)、酒治志神社、九手神社、子守神社、能満神社と井尻の日吉神社を巡っています

国道9号線、山陰道沿い、長い年数が経っているようで、傷んだ案内板が現れました

社頭です
・・・まずは、鳥居左手の樹木から・・・「アラカシ」です


京都の自然200選にも選ばれた、 貴重なアラカシの古木

アラカシは古木になると幹が空洞化してくる。九手神社のアラカシも空洞化しているが、これだけ太く育成優良で、幹周りが4mを越えるものは府内でもまれであり貴重。
幹周り4.4m、根回り6.4m、樹齢は300年を越えていると推測される。


さぁ、境内へ・・・

国指定重要文化財


由緒説明板

祭神 大山咋命
山城国松尾神社の分社
長元二年(1029)九月二十一日社殿造営 
明應七年(1498)三月三日再建
本殿は重要文化財
特に「かえるまた」「こうらん」は室町時代の建築様式そのまま
天正十年(1582)八月十七日松尾神社の神輿を受納
安政四年(1857)三月御室御所より華表の額を同じく五月御紋付釣提燈壱対を受納


      舞殿・・・
        ・・・氏子さんか? 掃除をされていますね・・・

舞殿

由緒
・・・上、由緒書にない記述・・・長元二年(1029)九月二十一日社殿造営 このときの棟札は栗材に墨あと鮮やかに書かれており今も保存されている

参拝いたします

本殿、右手より

三間社流造り、檜皮葺き

「かえるまた」「こうらん」は室町時代の建築様式そのまま・・・とある

瑞垣の間からレンズ差し込んで・・・パチリ!

      境内社


舞殿の段へ上がったところの石灯籠・・・宝暦七(1757)と読める
神社の由緒によれば、豊田地頭藤原定氏が、京都嵐山の松尾大社より勧請し、長元二年(1029年)9月21日、社殿を造営したと・・・
なんと、985年前、平安時代なんですね・・・
彫刻ばかり探す私にとって、飾り気のない簡素な社殿、新鮮な気持ちで、国指定重要文化財の社殿を拝見いたしました