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2017年6月28日

防府天満宮・・・山口県防府市松崎町

山口県防府市を旅しています

~日本最初の天神さま~防府天満宮・・・来てみたかったのです・・・
しかし、写真下、左はまちの駅のようですが、「P」は満車・・・右へ走って、臨時「P」があり助かりました

でも、これは、屋台か? いや、フリーマーケットか? ちと、驚きです・・・(後日、わかりましたが!)


表参道
昔の山陽道に面して建つ高さ6m近い大鳥居は、寛永六年(1629)年、萩藩初代藩主毛利秀就の寄進で、年代の明らかな石の鳥居では県下最古といわれる・・・
青銅の中鳥居・・・

おや、その青銅鳥居の脇におるのは、おおぉ、見事な狛犬ですね・・・



           少し考えて、店、出してほしいものですね・・・



幕末史跡、萩狛犬・・

文久二年(1862)に寄進されたこの狛犬は、萩の石工「武林唯昌」とあることから萩の狛犬と呼ばれている
北野天満宮、太宰府天満宮も同様の萩狛犬が建立されており、幕末における長州藩での天神信仰の広がりを感じさせる
禁門の変で長州藩は敗走。その後、京都守護職の会津藩が北野天満宮に鳥居を奉納。しかし、鳥居の側に奉納されていた萩狛犬を会津藩士が見つけ「長州獅子、汝まだ去れざるか」と神社に撤去を要求、実力で倒そうとしたところ、一天にわかにかき曇り雷鳴が響き渡りました。会津藩士は、雷神である菅原道真公の祟りと恐れ逃げ帰ったと伝えられています・・・案内板より引用



       ・・・台座・・見事ですね・・・



萩の石工「武林唯昌」でググってみましたが、情報は、見つかりませんね・・・


・・・進みます・・・

大専防・・・(県指定史跡)

防府天満宮の表参道に面した両側には、明治維新まで九つの社坊(西側に大専坊・西林坊・東林坊・密蔵坊・会所坊 、東側に宴楽坊・等覚坊・乗林坊・千蔵坊)が立ち並んでいて一山の総合を酒室山萬福寺と称した
大専坊はその一山の別当坊で、天満宮創建当時の草創という
この坊は、弘治三年(1557)毛利元就が大内義長を山口に攻めこれを長府で自刃せしめて防府両国を平定するまで元就の 参謀本部となった
また尊皇攘夷で激動した幕末はこの地方を警固する諸隊の屯所とばった・・・山口県指定史跡


石灯籠の並ぶ急な石段の先に、楼門が見えてきました・・・

重層楼門・・・
・・・じつに美しいですね・・・

向拝の見事な極彩色の彫物、見とれてしまいます・・・

拝殿・・・国登録有形文化財
・・拝殿:入母屋造、平入、向拝付、桁行五間、梁間三間

防府天満宮は、学問の神様、菅原道真公(845-903)を始め、公の祖先である天穂日命、武夷鳥命、野見宿禰の四柱をお祀りしており、延喜四年(904)創建の日本で最初の天満宮です

           
神殿前の青銅狛犬
萩藩七代藩主毛利重就は、寛政元(1789)年焼失した社殿すべてを造営した。拝殿両脇の青銅狛犬は、造営工事を司った国司就相等が完成を記念して寄進したもので、制作者は桑山の大楽寺の鐘と同じ、郡司信則、信之父子(市内鋳物師の出)である。昭和27年の火災のとき被害を受け、大阪で修復している・・・防府市案内より引用






春風楼・・・
国登録有形文化財・・・

春風楼は、十代藩主毛利斎煕が社頭に五重塔の建立を思い立ち文政五年(1822)六月大専坊において地鎮供養の祈願をし 釿始めの儀を行ったが資金調達中天保二年(1831)不慮の支障に遭し一時中止の止むなきにいった
その後、塔の設計を現在の重層の楼閣様式へ変更して明治六年(1873)に完工した
この楼の床下の木組は、文政年間着工当初の塔の一層軒下に使用すべき組み物を使用したもので当時の面影を偲ぶに充分である

この楼上からの眺望は四季折々誠に絶景で春風楼の名にふさわしい・・・案内板より引用


木造二階建で入母屋造、桟瓦葺、桁行三間、梁間三間、御影石の基壇の上の土台に据えられている・・・
大ミス・・残念なことに、床下の組物を撮影するのを忘れていました・・・

一層?の壁面に奉納額が・・・見事な彫物です

いやいや、見事な龍の彫物がありました・・・明治三?年 藤井? まで、判読できるが・・・
判読不可っていうか、読めない・・・

防府市内の眺望・・・

もう、訪れる機会はないと思います・・・もう一度、眺めておきます・・・
降ります・・・
ググってみました・・・毎月25日は天神さまの縁日 天神市・・と、・・・m(_ _)m

北野天満宮は行ったことがありません・・・
5月23日、太宰府天満宮を予定していたのですが、急に予定変更で、断念・・・

生きている間には、参拝できる日は訪れるでしょう・・・(*^_^*)



             


参拝日:2017年5月25日







2017年6月27日

平清水八幡宮本殿、国指定重要文化財・・・山口市大字吉田


山口県山口市を旅しています・・・


山口市大字吉田に位置する、平清水八幡宮殿、国指定重要文化財を拝見します

ここは、山口大学の側・・・・いいところ?に、位置していますね!!


                   


国宝建造物の石碑が‥うん? 
社頭・・・


拝殿・・・参拝します!
・・・主祭神:応神天皇 神功皇后 田心姫命 湍津姫命 市杵島姫命

拝殿から、奥を見ると・・
・・・市指定有形文化財 木造随身倚像、木造狛犬・・・を、拝見することができました
木造狛犬は、市内最古(1373)といわれているとのこと・・・

そして、奥の向拝の蟇股が、市内の寺社の中でも最も古風なものとして有名でなものでしょうね!





平清水八幡宮本殿

この本殿は三間社流造で、構造の手法からみて室町時代前期の建築様式とされています
現在の屋根は銅板葺ですが、これは昭和12年の解体修理の際、茅葺きから改められたものです
向拝、および外陣さらに外側の斗栱の間にそれぞれ蟇股がありますが、この蟇股は市内の寺社の中でも最も古風なものとして有名です
社殿内には市内最古(1373)といわれている木造狛犬と製作は南北朝時代であるが、彫法には鎌倉時代の張りと力がうかがえる木造隋心倚像が安置されており 、
いずれも市指定有形文化財に指定されています
またこの神社の創建は大同四年(806)宇佐から勧請されたものといわれています・・・案内板より引用

本殿・・・国指定重要文化財

・・・向拝は残念ながら、こちらからは、確認できません・・・
そして外側の斗栱の間の蟇股には、彫物が見当たりません? 恐らく、保存のため、取り外しているのでしょうかね!





拝殿周りです・・・
拝殿内、見上げれば、奉納絵馬で一杯ですね!

2
手挟みでは、ないですね? なんと、いうのかなぁ? 勉強不足です・・m(_ _)m
・・・斗栱かなぁ? 斗栱やね!

鐘楼・・・
狛犬君たち・・・写真、失敗・・・正面から撮影してしまい、阿吽の表情しかわからない・・・(^^;)




この平清水八幡宮本殿の参拝で、山口県山口市内の神社仏閣の参拝は終わります・・・
この山口県山口市は、また、訪れたい町、市ですね・・・良きところでした・・・ホント!



参拝日:2017年5月25日





豊栄神社・野田神社・・・山口県山口市天花!

山口県山口市を旅しています・・・

今八幡宮を参拝し、その北側に毛利元就公を祀る神社、豊栄神社、毛利敬親および毛利元特を祀る、野田神社を参拝します・・・


野田神社・・・

主祭神・・毛利敬親および毛利元特です
敬親は毛利藩十三代の藩主で、幕末維新の時に藩士を指揮して近代国家の成立に努力し、明治四年に山口で亡くなりました

元徳は、敬親の養子で、幕末維新の時には父敬親を補佐し明治二十九年に亡くなりました

社宝として、重要文化財の太刀、毛利家伝来の能衣装、甲冑など貴重なものがたくさんあります

・・・案内板より引用




創建:明治6年(1873年) 本殿の様式:三間社流造銅板葺





野田神社能楽堂・・
山口市指定有形文化財

この能楽堂は昭和十一年に明治維新7年記念事業として長州藩主の末裔毛利元昭公により野田神社境内に建築されたものです…
総檜造で橋掛鏡の間および楽屋控えの間を構え建築面積238㎡規模からして本格的な能楽堂である
全国的にも能楽堂の建築は少なくとりわけ西日本に関してみれば10棟を超えないものと思われ、その中でも当能楽堂は規模、質の点で一流の能楽堂あるといわれる
・・・案内板より引用





豊栄神社

毛利元就公を祀る神社で、もと別格官幣社であった
江戸時代長州藩主であった毛利氏は萩城内に元就公も祀る社を建立したが 幕末毛利氏の山口移鎭に際して山口に移した
明治二年、朝廷から豊栄神社の神号を賜った
社宝の元就公像は国重要文化財指定で、その外、元就公所用の武具や遺墨を多く蔵している
隣接する野田神社は、幕末の英主毛利敬親公を祀る神社である
・・・案内板より引用

神橋から神門へ・・・

野田神社から、東側へ並びが、豊栄神社です
本殿は三間社流造。前方に梁間1間桁行5間の釣屋を建てる。釣屋は切妻造であるが奥寄り(本殿側)2間目は左右に1間の張り出しを設けて十字型の平面構成とし、前面は幣殿に接続する。
幣殿は桁行3間梁間1間の入母屋造平入、左右からは廻廊が伸びる。幣殿の前方に方3間、入母屋造妻入の舞殿風の拝殿が建ち、その前方に神門を構える・・屋根は全て銅板葺
・・・と、あるが、垣間見ることができないのです・・・






山口県神社庁・・・
・・・豊栄神社の側にありました・・・訪ねてみようかと思いましたが、なにを聞きにいくのか? 思いつかなかったので、やめました・・・(^^;)




毛利元就公を祀る神社、豊栄神社そして、毛利敬親および毛利元特を祀る、野田神社の参拝を終えました・・・

そばに、山口県神社庁が位置するということは、なにか、意味があるのでしょうかね?

さぁ、山口市で、最後の参拝する神社・・・平清水八幡宮へ向かいます・・・





参拝日:2017年5月25日