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2020年7月2日

中井権次一統の足跡 三坂神社、兵庫県三木市細川町豊地589

中井権次一統の足跡を巡っています
今回で、三度目になります
兵庫県三木市細川町豊地589、三坂神社を訪ねます

東社殿 左脇障子

社頭

       鳥居、左柱には、享保弐(1717)年と刻まれている


拝殿
・・・東社殿、西社殿の二つがありますので、拝殿、入口も別々です

主祭神     天御中主尊 
配祀神     市杵島姫命 中筒男神 大己貴神 大山咋神 日本武尊 斉主神

由 緒
 創立年月不詳
 長保五年(1003)、悪疫流行の時、冷泉家より再建
 長享元年(1487)、簀子橋西南の地に浸水ありて、今の地に遷座
 明和二年(1765)、社殿を改築
 天保元年(1830)、炎上
 嘉永三年(1850)、再築
 明治七年(1874)、村社に列せられる
 大正五年(1916)、幣殿、拝殿を改築  ・・・神社庁より


右社殿

       拝殿から、左脇障子を・・・

       右脇障子

木鼻

持送り

手挟み

手挟み

妻飾り

東社殿と西社殿の間から、東社殿の龍



西社殿へ

當三坂両社彫物師 丹波柏原住人 中井清次良橘正用

       右脇障子

      左脇障子

木鼻 Starwarsのヨーダーみたいに見えますね

妻飾り

妻飾り

境内社

舞殿

舞殿内 神輿

屋台庫?

手水舎
・・・手水鉢の背面に刻まれている文字は、「再建」「嘉永五(1852)」と、読めるが?
恐らく、嘉永三の再建時と同時期か?・・・






三度目になりますが、社殿裏に回り込み、東、西社殿の間から、撮影するのですが、ここまで入り込むか?って、いう感じですから、参拝時、きちっと、撮影のお許しをお願いしました

いずれの神社の彫刻撮影は、参拝時に、必ずお願いをし、その後しております








2018年4月23日

岩壷神社・・三木市の神社を訪ねて・・兵庫県三木市岩宮391

兵庫県三木市岩宮391 岩壷神社です

ここ、三木市、岩壺神社の秋祭りは盛大とある・・・
・・・10月の第2土曜日・日曜日に行われる例祭は、三木の秋祭りとして盛大に行われる
屋台7台が繰り出し、宮入する・・浦安の舞、子供奉納相撲などが行われた後、宮出となる
祭り屋台は、大工・刺繍・木彫・錺金具の伝統的な職人の技が一体となった非常に華麗なものである・・・と


              よき天気です・・左、社務所です

広い境内です・・七台の祭り屋台が宮入すると・・

拝殿、社殿・・

岩壺神社誌

由緒不詳
天武天皇の御宇 白鳳二年(662)二月十一日奉 勧請
鎮座地の裏の川中に靱の形なす大石あるにより磐靱神社と称しその処、淵となり壺の状なるにより後に岩壺神社と称す
延長七年(929)社殿再建したことも伝えらる

祭神・・
左座:上筒男之命、天手力男命 中座:大日孁尊、譽田別尊 右座:天兒屋根命、国狭槌命

              左、脇障子
右、脇障子

妻飾り・・
・・・獅子噛みですね・・・迫力満点です


              狛犬・・・文政十年(1827)と読める


手水舎・・・
・・・手水鉢、右、貞享元年(1684) 左は明治四十年(1907)
舞殿

              境内から参道を・・・
上写真、参道の石灯籠・・寛政十一年(1799)と読める

秋祭り・・・祭り屋台は、大工・刺繍・木彫・錺金具の伝統的な職人の技が一体となった非常に華麗なものである・・・と、ある
・・・祭り屋台、拝見したいものですね!・・・






九社神社・・三木市の神社を訪ねて・・兵庫県三木市細川町西640

兵庫県三木市細川町西640  九社神社です

三木市と云えば、兵庫県でも、有数のゴルフ場銀座?です
一時は、予約さえ出来ない、プレイ費が片手のゴルフ場もざらでした
しかし、今は・・・どうなんでしょうか?
こうしてみると、凄い数です・・・何を語らんや! ですね
左下、マークが、九社神社です
GoogleMapより 

美囊川沿い、ゴルフ場の谷間?に、位置しているように見えます・・山の麓やね!
・・・白壁が美しい・・・

両脇の石段を上がります・・・拝殿?

             その拝殿内・・・砂利が敷き詰められています・・・
             ・・・恐らく、祭事の為か? 分からない!・・・


社殿・・・
主祭神 :応神天皇
配祀神: 猿田彦神、高皇産靈命、大日孁命、手力雄命、大己貴命、天兒屋根命、素盞嗚命、天鈿女命 

由 緒:天暦二年(948)創立、明治七年(1874)、村社に列せられる


社殿前の石灯籠・・右、天明九(1789)年、中央、宝暦六(1756)年と読める 左、不明

舞殿

手水舎

社務所?

             手水舎の側の石灯籠・・寛政七(1795)年と読める
             ・・・竿の部分が曲がっている? 錯覚ですね?・・・
             境内、右手、石灯籠・・・寛政九(1797)年と読める

どこか、城の雰囲気が漂う神社でしたね・・・しかし、九社神社・・情報がありません・・・