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2015年12月21日

伊賀焼の郷、長谷園、旧登り窯・・・三重県伊賀市

焼き物・・・う~ん? 正直、よく、わかりません・・(*^_^*)
・・大谷焼、古伊万里、信楽焼、地元、立杭焼・・など、少し、名前は知ってはいますが・・・

そう、旅番組「城下町へ行こう・・」って、番組で、伊賀上野城が紹介された際・・・
この伊賀焼の「長谷園16連房の旧登り窯」が紹介されていました!

そもそも、伊賀焼は・・・此の地は琵琶湖の底・・・
・・・遥か400万年前、古琵琶湖の時代に花崗岩が風化し湖底に堆積してできた亜炭等を含む陶土と、その周辺に広がる赤松などの燃料となる緑の森が土と炎の芸術、伊賀焼を育んできました。
そして、古伊賀の個性的な意匠や破調の美を生み、また、伊賀の土鍋等に見られる強い耐火性につながっています・・・と、
・・・伊賀焼の郷より、引用


伊賀上野の旅も帰途・・その途中・・

その地は、焼き物でやはり有名な信楽へ向かう国道422号線を山越えし、途中で、東の山里へ入り・・
そこに、伊賀焼の郷、丸柱地区があり、その老舗窯元に「16連房の旧登り窯」があるのです!


長谷園 旧登り窯、16連房・・・この姿を見たくて、来ました・・・(*^_^*)
ここ、長谷園は・・・
・・天保三年(1832年)に創業した伊賀焼の老舗窯元・・園内には3棟の展示即売場があります
長谷園 旧登り窯・・国登録有形文化財・・
この登り窯は、江戸時代・天保三年(1832年)の創業時よえい昭和40年代(1970年頃)まで使われていた窯です
かつて、この16の部屋を焚きあげるには、15~20日間を要しました
また、この大きさ(16連房)で、歴史あるものとして現存している登り窯では日本でこれだけだといわれています・・・
・・・・案内板より引用

展望台があります・・・その上から眺めます・・旧登り窯、16連房!
16連房のうち、一つを、パチリ・・今は、道具入れ、物置になっているようです!
          
大正時代の旧事務所・・・

旧事務所内・・・きれいに整理、お掃除、行き届いていますね!

・・一番に目に付いたのが、「焼き物のスピーカーBOX?・・バスレフ型?」・・
・・どんな音質がするのでしょうか?・・・聞いてみたいですね・・・(*^_^*)
お店の前の伊賀焼のポスト・・・ポストが赤ではなく、南天の実が赤・・綺麗ですね!
工場内・・土鍋が沢山造られていますね・・・
店内で、見て、そのお値段にビックリ・・土鍋が、数万円・・おおぉ! 買えませんm(_ _)m
で、記念に買った、毎夜毎夜いただく、「焼酎お湯割り用」コップです・・
・・・この品、お値段は、ひ・み・つ・・ですが、焼酎用にはもったないかも・・・
・・・まぁ、焼酎が一段と美味しくいただけることは間違いありません・・・(*^_^*)
          
よき、記念となる、品を求めることができました・・・
旅先?では、基本、買い物はしませんね・・・しかし、今回は特別・・・

そうそう、俳聖殿の松尾芭蕉翁像も、伊賀焼で造られたと・・・ありましたね!

三重県伊賀市、伊賀上野の旅、八ページで、備忘録記しましたが、このページで終わりです!

さぁ、次はどの地へ行こうかね! 「α君」よ!







2015年12月19日

伊賀上野の町を散策します・・・三重県伊賀市!

伊賀上野の町を散策します・・・
左図:いがぐり第56号(伊賀上野観光情報誌)より、右図:Wikipediaより引用

赤四角部分を、ブラブラ歩いて散策しますが・・・
古図と比べて、ほとんど、町割、道・・変わっていないですね・・・外堀が無いだけやね・・


時はお昼時・・昼食で~す!

駅前ちょっと路地入ったおうどん屋さん・・繁盛してます!
そして、数々あるメニューから、忍者セットを・・
一応、説明聞いたのですが、すみません、覚えていないのです
お鉢から垂れ下がって?いるのが、イカのゲソのかき揚げ、その上はショウガの天ぷら・・それは覚えているのですが、それがなぜ、忍者セットか?・・すみません・・覚えていないのです
でも、ほそ麺で、美味しかったで~す!

ここで、疑問が・・・入ってくる地元の人、多分、常連さん!
なぜか、入口付近にある、すり鉢、スリコギ棒を持って、席に着くのです・・なんじゃ? この様子は・・・聞きました・・
各テーブルにおいてある胡麻をお客さんが自分で擦ってうどんに入れて、食するのです・・って!・・そして、天かすも、もち、無料です!


伊賀鉄道、伊賀上野駅・・・駅前!
おおぉ、忍者、「くのいち」の電車じぁ・・・ええなぁ・・・!
伊賀鉄道、伊賀上野駅・・・駅前ロータリーには、松尾芭蕉の像があります
東大手門跡碑・・・
その交差点には、忍者君、そして、向かいの銀行も、くのいち、俳聖殿のポスターが・・いいすね!
この通りは、大和街道・・・
関の西の追分で東海道から分岐し、加太峠を越えて、上野、島ヶ原を通り奈良へと続く街道。江戸時代には加太越奈良道と呼ばれていました・・三重観光より
東は・・・古地図にもあるように、現在も同じ・・上野天満宮!

菅原神社・・・
菅原神社・・・上野天神宮と呼ばれ、菅原道真公を主神とする神社です
天正九年(1581年)天正伊賀乱ののち藤堂高虎による城下町建設の際此の地に奉還され、城郭鎮守として祭られました・・・一部省略・・・
当社は寛文十二年(1672年)俳諧に身を立てることを決意した俳聖芭蕉翁が、その処女作「貝おほい」一巻を社前に奉納されて自らの文運を祈願されました
かかる由緒ある社として、いま市文化財「史跡」に指定されています・・・
案内板より引用
正面、楼門・・・市の文化財
境内より、楼門をみる・・・見事です!

拝殿・・
鐘楼・・市の文化財
鍵型(東→南→東→北→東)で回り込むようになっている、その道なりの菅原神社の土塀・・・ちょっと、記述がややこしいm(_ _)m
その土塀の鍵型に曲がる正面にある、下駄屋さん・・・
大人の修行・・と、あり・・下駄の歯が一枚・・天狗の下駄ですね!
ふと、足下みれば・・・いつものように、マンホール・・上野城と忍者君です!
うん?・・「うえのし」とありますね・・・
上野市は、三重県西部に存在した市。2004年11月1日に阿山郡及び名賀郡の3町2村と合併し伊賀市となったため消滅した・・・
・・市は伊賀市ですが、このままで大事に使いましょう(*^_^*)・・・

ここから、寺町へ入りますが・・寺町の備忘録ページは別途作成します・・・ので・・省略・・・

・・寺町から北忍通りを中之立町通りへ・・武家屋敷などあります!・・一直線ですね!
武家屋敷の北側の建物・・・いい雰囲気です
街灯に町の名が・・・「忍町」・・お店の装飾もベンガラ塗りか? 忍者もおるなぁ!
むらい萬香園・・・まちかど観光案内所でもあります・・・
このお店、TVで放映されていました・・そして、その紹介では、ここの先代?のご主人が、最後の忍者ということらしいですよ!

再び、大和街道、今の本町通りに戻ってきました・・・上野中町商店会へと、ありますね


ふと、横見れば・・・いつごろの時期の看板かなぁ?
砂糖卸業 
株式会社田中商店 
電話 五○六番、五○七番/
伊賀上野市西町・・と、ありますね!

いつごろの時期かなぁ?

三重県四日市市に電話開通したのが明治33年だから、その時代やね!・・多分、明治やね!
おとなりのビル・・・養肝漬・・宮崎屋さん、慶応元年(1865年)創業で製造・販売しているお漬物とか!
このビルと、田中商店さんの蔵との対比・・いいね!
     
       だんじり蔵・・・・・
        
花冠とありますね!
地図で数えると、九ヶ所あるようです!
大和街道を外れ、北へ・・突き当たり右手に、伊賀上野城西大手門跡の碑があります
        

西大手門跡から外堀通りの角に・・・明治時代の建物のような?
この、建物・・観光案内にはないのです・・・表札もよく読めません・・民家ですよね?・・多分!

交差点、横断歩道の道しるべには、「西大手門跡の辻」とあります・・・


国道25号線沿いに立つ、三中の本校舎(明治校舎)・・・・・現在は三重県立上野高等学校・・・

この建物は明治三十三年(1900年)十月六日に竣工した木造洋風建築で、県の営繕技術者の清水義八・信田悦蔵らの設計による
同じ意匠で同時に建設された二中(四日市)・四中(宇治山田)の校舎は戦災や火災で焼失し、三中(上野)の本校舎(明治校舎と呼んでいる)のみ現存する

・・・三重県有形文化財

グランドがあり、網越しにしか、見ることができないけど・・(*^_^*)・・後ろにお城が見えます!

「α君」の待つ、「P」へ・・・お城の石垣が左、右手は小学校・・・良い感じの道ですね!

これで、伊賀上野の町を大和街道を東へ、寺町通りから南へ、そして、武家屋敷、東へ・・
中之立町通りを北へ、又々大和街道へ出て、西へ、西之立町通りを北へと・・そしてお城の石垣沿い、東へ・・・一周しました・・

なかなか、いい町です・・通りが南北、東西へ抜け・・古地図見ながら探索ではないですが、よき散策となりました

天正九年(1581年)天正伊賀乱ののち藤堂高虎による城下町建設当時のままの町割、道を歩きました!
松尾芭蕉翁の生誕の地・・・松尾芭蕉翁関連史跡、施設は、訪れておりません・・・又の機会には是非・・・(*^_^*)

寺町へと、備忘録は続きます・・・・






2015年12月18日

松尾芭蕉・・俳聖殿・・・三重県伊賀市

国指定重要文化財・・俳聖殿・・
・・旅姿の芭蕉を建築で表現した、日本でも類のない建物で、日本建築史上でも傑作と呼び声の高い八画堂・・・

忍者屋敷の左手にあります・・・門から、入ります・・
なにか、みたことがある、そして、どこかで見かけたような・・・きのこ?
上層の形が・・お菓子の、「きのこの山?」
国指定重要文化財(建造物) 俳聖堂

松尾芭蕉の生誕三百年を記念して昭和十七年(1942年)に建てられたもので、下層八画形平面、上層円形平面の木造重層で、屋根は上下とも檜皮葺である

外観は、芭蕉の旅姿を建築に表そうとした建立の発意者川崎克氏の着想を伊東忠太博士の指導により極めてまれにみる和風建築とあしてまとめてものである

上層の屋根は、芭蕉の笠、その下部が顔を、下層の屋根は簑と衣を着た姿で、堂は脚部に、廻廊の柱は杖と脚を表現する

堂内には、芭蕉の等身大伊賀焼の座像が安置されている・・これは長谷川栄作氏の原像をもって川崎克氏が製作したものである・・・案内板より引用

川崎克氏・・私財にて、俳聖殿、そして伊賀上野城を造られた方である・・・m(_ _)m

 
俳聖殿の正面の隙間から、松尾芭蕉像を・・・パチリ・・m(_ _)m
穏やかなお顔ですね!
      

ここ、伊賀上野は、松尾芭蕉、生誕の地・・・
芭蕉ゆかりの史跡が多々あります・・・芭蕉翁記念館、蓑虫庵、芭蕉翁生家など・・・今回は・・m(_ _)m

伊賀上野の街を、散策します・・・





2015年12月17日

伊賀上野、忍者屋敷・・三重県伊賀市!

伊賀上野といえば・・そう、伊賀流忍者の里です!
そして、大半の方が訪れるらしい、伊賀流忍者博物館へまいります・・


上野城の北東にあります・・
さすが、外国の方も多いですね!
観光バス、団体さんご一行です!

・・そう、日本=忍者・・らしいです?
忍者屋敷がみえます・・・黒装束の忍者が忙しく、走っていますね!・・・(*^_^*)
ご案内時間・・・12:00・・


忍者屋敷の中を、案内、説明してもらえるようでので・・・

・・まだ、少し時間があるので、伊賀流忍者博物館を拝見しましょう!
永倉(米倉)・・

この忍者伝承館の建物は、もと二の丸西北部のお屋敷(藤堂藩主の居館)の南にあった永倉の一部、明治末期解体され小学校の校舎の一部として使用されていたものを永久保存のため、昭和45年此の地に移築、復元したものである・・・案内板より引用
坂を下って、門くぐれば・・伊賀流忍者伝承館があります・・
伊賀流、忍者伝承館・・・入口です!
・・おおぉ・・WiFiのFreeSpotも設置されていますね!・・


五色米・・・
・・五色米暗号作り・・忍者達は、青、黄、赤、黒、紫に染めた米粒の組み合わせで暗号にしていました、野球のサインのようにそのつど決めていたかもしれません・・案内板より引用

萬川集海・・現代風でいえば、忍者のバイブルですね!

延宝四年(1676年)成立・・・
現存する忍術伝書の中で最も大部で、伊賀と甲賀の忍術を集大成したいわば「忍者実践マニュアル」です

萬(全ての)川が(1つの)海に集まることから「伊賀甲賀の忍術の全てを記した」という意味を持つ忍術伝書で、全22巻である・・


著者は伊賀東湯舟の藤林長門守の末裔と伝わる藤林氏とされるのが一般的です

数多くの写本が存在し、現在も伊賀・甲賀の旧家に伝わっている・・・
案内より引用

開水蜘蛛上面図があります・・
水面をこれで、歩くのですね・・(*^_^*)


忍者といえば、手裏剣で~す!
もちろん、鉄製で、重いもので一枚500gはあると・・ですから、そう何枚も持ち歩かないようです
そりゃ、例えば、3枚で1.5kgですからね・・・
鎌を四つ組み合わせたもの・・これ、いいすね!

さぁ、時間がまいりました・・・忍者屋敷へ!
10人ぐらいが集まっています・・(*^_^*)
一番最初の忍者屋敷の説明は・・・障子の左、すこし、地肌が見えている戸・・・これが?
そう、どんでん返し・・・
           実際に忍者が、実演してくれます・・・
その、身のこなしの素早いこと・・・

観客、畳に座り、拍手喝采です!

瞬間をパチリです・・・
二階忍者らしき頭が見えます・・・そう、屋根裏に身を潜めているのです!
忍者・・・実演中・・・(*^_^*)
今度は、抜け穴・・・
          
いやいや、約30分ぐらい・・・忍者、説明・・実に、おもしろい・・(*^_^*)
武器などの隠し場所の作り方など、おおおぉ・・と、関心してしまいました!

この建物・・江戸時代後期のものといわれ、伊賀市高山から移築した有力な豪族のお屋敷・・
移築の際、しかけ・からくりを一堂に集め、忍者屋敷として復元したと・・・配布パンフより引用

入館料は750円でしたが、いやいや、忍者によるの実演、説明は、実におもしろい、楽しい・・

さすが、伊賀上野、忍者が住む街・・・でした!
では、次なる場所へ・・参りましょうか!