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2017年11月3日

国指定史跡・・丹波護國山、国分寺跡、国分寺・・・京都府亀岡市千歳町国分桜久保

京都府亀岡市の史跡、文化財を巡っています

京都府亀岡市千歳町国分桜久保、国指定史跡・・丹波護國山、国分寺跡、国分寺です

まずは、国指定史跡・・丹波護國山、国分寺跡・・・
・・・草刈りが行われています・・・看板に11月?から、工事があると・・・

史跡 丹波国分寺跡 附八幡神社跡


丹波国分寺 回廊跡・・


塔跡 礎石ですね・・・

国分寺へと・・・


国分寺(千歳町)
奈良時代に建立された国分寺は中世以降、一時衰退しましたが、元禄年間(1688~1704)に再興され、現在の本堂は、安永三年(1774)に護勇比丘が付近の村はもちろんのこと、全国的に浄財を集めて建立しました
本堂は、正面向拝を唐破風造とした入母屋造、妻入の建物で、城下町紺屋町の木村藤四郎が大工棟梁として、花野九兵衛が瓦工として関わっています
また、内部の格天井には四季折々の花鳥風月が描かれるなど、彫刻や絵様に見られる匠技は見事です
また、山門、鐘楼も本堂と同時期に建てられたもので、丹波国分寺の歴史を今に伝える重要な建物として、亀岡市指定文化財になっています
本尊は、薬師如来座像は平安時代後期の作で、国の重要文化財に指定されています
また、後堀河上皇が北国の天変を心配して、この薬師如来に祈願したところ宮廷に米が降ったということから、「飯薬師」と呼ばれています
さらに、イチョウ、カゴノキ、ムクノキは亀岡市指定文化財となっています
なお、本堂等を再建した、護勇比丘の墓所は山門の南方約130mの竹藪にあります
・・・・・案内板より引用



山門・・・亀岡市指定文化財
小さな、仁王像


安永三年(1774)再建の本堂・・
本尊は、薬師如来座像は平安時代後期の作で、国の重要文化財に指定されている

本堂・・・亀岡市指定文化財
唐破風・・屋根瓦が凄いね・・・龍がよじ登っていますよ!!
扁額・・・

鐘楼・・・亀岡市指定文化財

梵鐘・・・亀岡市指定文化財



山門の南方約130mの竹藪・・・本堂等を再建した、護勇比丘の墓所・・・

広大な田、畑の中に位置する、国分寺・・・そして、次回備忘録を記しますが、イチョウ、カゴノキ、ムクノキ、イヌマキに覆われ・・昼なお暗しといった境内ですが、なにか、落ち着く雰囲気です・・

台風21号で、イチョウの枝が折れていました・・・本堂に被害が無く、何よりでしたね!




2017年10月15日

金輪寺、石造五重塔・・・国指定重要文化財・・京都府亀岡市宮前町

京都府亀岡市の文化財を巡っています・・・

金輪寺、五重塔・・・国指定重要文化財・・京都府亀岡市宮前町宮川神尾山3です!

地図では、いつものように、寺院まで車道がと・・高をくくっていましたが、途中、登山道と車道との分岐から、車道を上って行きますしたが・・・ええぇ!・・凄い林道です・・・(^_^;)

昼なお暗き林道です・・・「α君」のAUTOのヘッドライトが点灯するほどです・・・
離合がほぼ難しい・・対向車が降りてこないことを祈りながら、ソロソロと上ります・・・(>_<)
いやいや、狭い、つづら折りの坂に近い状態のこの道・・・
おおぉ、到着です・・・距離、約1.5kmぐらい・・・ホッとしてます
・・・口丹波西国三十三所霊場  神尾山金輪寺です
神尾山金輪寺・・・

本山修験衆に属する金輪寺は、天台宗として延歴二年(783)西願上人により創建されました
その後一時衰微しましたが、寛治年間(1087~93)に、栂尾高山寺の明恵上人により再興され、宝蔵坊、極楽坊 、一切経堂などの堂宇が建ち並び、隆盛を極めました
南北両谷の各所に残る坊舎の礎石などが、往事を忍ばせます・・・
棟札では、本堂の造営は延宝七年(1679)であることが明らかとなっていると・・・
・・・案内板より引用
参道の石段を登りましょう・・・
右端の石標には、寛延四年(1751)と読めます・・・
本堂です・・・
・・・軽トラが止まっていますね・・・工事中のようです!
まずは、国指定重要文化財、金輪寺、石造五重塔・・・

案内板の説明では、鎌倉時代の正応五年(1292)とある しかし、延応二年(1240)という鎌倉前中期の作の資料もあるが・・・高さ3.7m、花崗岩
初層軸部に四方仏が彫られ、その下の基礎石には梵字の四方仏が彫られている・・・資料より
石台の基部には・・・延歴二年(783)か、延歴二十二年(803)か、読めない・・・
いずれにせよ、延歴は間違いない・・・では、奈良時代ですね・・・創建が延歴二年(783)だから、延歴二年でしょう・・・私感!!
京都府指定文化財・・・石造九重塔、正応五年 (1292)・・高さ2.4m、花崗岩
そして、その奥の鐘楼内の梵鐘・・・天文三年(1534)の梵鐘・・・年記発見できませんでした・・(>_<)


本殿・・・
・・・京都府指定文化財、木造茅葺平屋建、入母屋造 唐戸には、16編片の菊の御紋、花頭窓・・
鰐口・・・永徳二年(1382)
優美な姿ですね・・・
明治十九年製 消化ポンプ・・・
ふと、見上げれば・・・飛行機です・・・思わずパチリです・・・屋根、青空と雲  エエ感じです!
要注意・・途中、林道?を塞ぐ獣防止金網戸が2カ所あり・・開いていましたが・・
距離にして、約1.5kmぐらい・・・離合は甚だ難しい、車幅狭く・・そんな道です!
車にて、参拝するのでしたら、くれぐれも要心を・・・

しかし、出てくる年代が、凄いですね・・・延歴二年(783)、正応五年(1292)など、・・・
そして、山続きに神尾山城(本目城)があり、明智光秀の山城の一つだとか!


林道に、おいおい・・って、いいながら、上ってきましたが、訪れた甲斐がありました・・・m(_ _)m











2017年10月13日

養仙寺(布袋寺)・・・亀岡市千歳町国分南山ノ口17

亀岡市の建造物、指定文化財を巡っています・・・
国指定重要文化財の愛宕神社、本殿を参拝いたしました・・・

その愛宕神社のすぐそばに、通称、布袋寺の養仙寺があります
布袋尊像に会いに行きましょう・・・(*^_^*)

丹波七福神第二番の札所・・・
養仙寺・・・

約500体余りの布袋像をお祀りしていることから、別名ほてい寺と呼ばれ親しまれている、丹波七福神第二番の札所です
当寺の創建は寛正年間(1460~1466)泰岩和尚により開かれたと伝えます
その後、度重なる兵火等により焼失し、さらに明智光秀の亀山城築城に際しても石塔等も持ち去られたと伝えます
現在の臨済宗妙心寺派として、開山、現在に至ります
堂内に安置されている木造地蔵菩薩立像は、式内社愛宕神社の本地仏とも言われ、平安時代末の穏和な相好の遺風を残しながらも、鎌倉時代の理知的なきざしも現れています
・・・案内板より引用
山門前には・・・おおぉ、布袋さんや!!

そして、一際、目立っている・・・大布袋尊像 京都清水焼(日本一)
・・・布袋尊は、七福神の中で唯一実在した人物で、契此と呼ばれ弥勒菩薩の化身として崇められ和顔愛語、度量と寛容の大切さを説き、身をもって大衆と共に教えを行じた中国の禅僧です・・・案内板より引用
本堂・・
扁額・・
本堂内の布袋尊像は、拝観はいたしませんでしたが、堂内に安置されている木造地蔵菩薩立像は、式内社愛宕神社の本地仏とも言われていると・・・

約500体の布袋尊像・・・皆、笑顔が違うのでしょうね・・・(*^_^*)