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2020年3月26日

新井彌三郎正次の世界 大歳金比羅神社、 兵庫県多可郡多可町中区鍛冶屋856-1

兵庫県多可郡多可町中区鍛冶屋856-1 大歳金比羅神社です
新井彌三郎正次作の装飾、彫刻が施されており、それはそれは、見事なものです

左、脇障子背面の刻銘
「摂津国 有馬郡 藍曲り邑 新井彌三郎正次」




社頭

歴史街道 大歳金比羅神社

ご祭神は、大歳神、大巳貴命 保食神 事代主命
創建沿革は不明、延宝五年(1677年)の検地帳に神田の記載があることから、慶長年代以前の創始と考えられます。
寛政六年(1759年)二月、当村の藤井孫右衛門氏が諸病平癒のため、讃岐琴平宮より勧請したものです。明治44年1月、大歳神社に合祀し、大歳金刀比羅神社と改称しました。
社殿は荘厳な寝殿造りで近隣希な威容を保っています。
毎年11月に行われる金刀比羅祭礼は、かつて十万人余の参詣者で賑わい、鍛冶屋線の列車も五~六輌編成で、」両三日終日賑わいました。
また、姫路の総社祭、北条の住吉神社祭と併せ「播州三大祭」と言われています


参道

拝殿


外観は、平安期以降の寝殿造りの様式を取り入れた入母屋造平入、桧皮葺の屋根は流線型に描いていて、面の中には千鳥破風や唐破風が彫り込まれるなど、軒周りのはなやかな装飾彫刻に目を奪われます


向拝


       尾垂木からの龍頭と木鼻



手挟み、桁隠し

脇障子

縁葛下腰組の彫物

背面

蟇股

右面、縁葛下腰組の彫物

身舎正面の戸の彫刻

見上げて・・・

手水鉢

再び参道、境内から鳥居を・・・

正面左右の常夜灯は、天保二年(1831年)の刻銘が読める



2020年3月、兵庫県多可郡多可町八千代区大和、大歳神社を訪れました
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2020/03/1670.html
その歴史街道の案内板の説明を再び読み、やはり、大歳金比羅神社に行かなければと・・・
そうですね、三度目になりますね

新井彌三郎正次の世界を満喫いたしました
いや~、お見事でした





2020年3月25日

中井権次一統の足跡 春日神社、兵庫県加東市上滝野915

中井権次一統の足跡を巡っています
中井権次一統作品集 播磨・摂津 No5 兵庫県加東市上滝野915、春日神社です


社頭

由緒

御祭神は、経津主命、武甕槌命、天児屋根命、比咩大神
創建の由緒は、山十三代推古天皇即位二年(594年)法道仙人が当地で修行のとき、五峰山光明寺を開き、また、麓に光明寺の守護神として神社を造営するよう神託を受け、創立されたのが当社と伝えられています。
延宝三年に本殿、享保十二年に幣殿、拝殿が再建され、明治七年二月郷社に列せられています。
大正二年に下滝野の金刀比羅神社、稲荷神社、新宮神宮、角ノ神社を当社に合祀した


車両安全祈願の皆様がおられ、宮司さんがお祓いをされておりました故、撮影は不可・・・

ということで、ズームで龍をパチリできました

さらに奥の梁上を・・・

見事な彫刻は、八代目青竜軒中井権次橘正胤です

手水鉢
・・・右側の手水鉢には、西龍野 氏子 弘化五年(1848)と、読めそうなんですが?


       鳥居前、石燈籠 明和五年(1768年)


       鳥居には、元禄十年(1697)とあります

先客がおられ、神聖な祈願中でしたので、非常識な写真撮影はできません
と、いうことで、出直しですね








2020年3月24日

中井権次一統の足跡 住吉神社、兵庫県加東市河高2480

中井権次一統の足跡を巡っています 
中井権次一統作品集 播磨・摂津 No7 兵庫県加東市河高2480、住吉神社です


県指定文化財 石造燈籠

住吉神社の明神鳥居は、凝灰岩製で、高さ2.76mをはかる。
柱の木割りは太く、背がずんぐりと低いところに特徴が見られ、貫の制は古調をおびている。
注目すべきは、笠木の端が垂直に切られているのと、島木の端が肘木様の曲線をしめしているところで、この鳥居は県下に例を見ない。
沓石と扁額が後補でやや外観を損じているのが惜しまれる。建立年代は明らかではないが、様式手法上、室町時代のものと思われる


拝殿


龍の背面に、刻銘があります
「丹波柏原町 彫刻師 八代目 中井権次正胤」



主祭神:表筒男之命
由緒:
享禄四年(1531)創立……加古川の流れに沿い河高の里に鎮座
享禄四年、住吉大明神と称す。 本殿再建
享保八年(1723)……本殿再建
明治七年(1874)2月、村社に列せられる


本殿は、金網が張り巡らされ、撮影にはなかなか大敵です

右脇障子もごらんのとうりで、難しいです

妻飾り

木鼻…
…眼、これ、補修? 保護のため? それとも経年劣化?

左、妻飾り

木鼻

手水鉢

舞殿

北側から……
両脇の石燈籠、明和八(1771)と刻まれている

2015年5月に訪れてからの再訪となりました
無理でしょうが、全容を撮影したいものです