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2021年11月4日

五社神社・・・兵庫県多可郡多可町加美区豊部1413

兵庫県多可郡多可町加美区豊部1413、五社神社です

国道427号線を北へ、その国道沿いの畑の中を長~い、参道があります
なかなかの光景です
鳥居前の石灯籠は、元文四(1739)と、判別できます

さぁ、左から、社殿へ・・・

少し、紅葉してますね

随身門

その随身門の両側から、睨みをきかしています


拝殿
拝殿、梁上の龍
・・・背面をみましたが、刻銘はありませんでした



主祭神     素盞嗚命
配祀神     誉田別命 神皇産靈神 大山祇命 比売神                  



由 緒
柏谷を見立てて笛草城を築き、之に居り同地所在の土饅頭七ある内五を持ち来りて、神霊おはすとなし、五社と称して一社を創立す
寛文八年(1668)と伝ふるも時代としてあはず、之より先寛永元年(1624)吉田宗源宣示を得たるを見れば、所伝の年代は江戸時代初期より遡るべきものと思われる
明治七年(1874)、村社に列せられる・・・神社庁より


本殿を一周してみます

左面



摂社・・・
石灯籠・・・元文四(1739)と、判別できます、多分!

摂社・・・頑丈に金網で護られています
手前の石灯籠・・・文化五(1808)と、判別できます


手水鉢・・・寛政拾(1798)と、判別できます


玉垣前から国道、鳥居を眺めます
両側の畑に稲が実った絵柄もステキでしょうね









2020年6月7日

鹿子神社・・・兵庫県多可郡多可町八千代区大屋626

兵庫県多可郡多可町八千代区大屋626、鹿子神社です
ここの脇障子が見事だと、教えられました
早速、参拝に、そして、撮影に、やってまいりました

      見事です、右脇障子

では、参拝し、撮っていきましょう……


社頭


歴史街道 鹿子神社

主祭神:少彦名尊
配祀神:大巳貴命 木花開耶姫命

創立年代は不詳ですが、はるか昔、この地、笠形山(播磨富士)に天孫降臨された少彦名尊が、馬にて下山される途中に、休憩された龍ヶ淵の岩場には、馬蹄形の凹みが残っています。降臨跡なる宮の前に、国造りの神々と共に祀り、創立されたのが鹿子神社であると伝えられています。
この後、延暦年間(782~806)に征夷大将軍坂上田村麻呂がこの地に立ち寄り、大屋の村民六人の案内で、荒田神社を参拝したという伝承も残され、秋の祭礼時には現在も武者行列が行われています。
拝殿から本殿に至る建造群は江戸時代中期の建立と推定され、全般的に豪華で変化に富み、優美かつ重厚感をたたえています。
境内神社として、天満宮、山の神社、広峯神社、秋葉神社、金比羅神社、出雲大社、皇太神宮、稲荷神社、愛宕神社の九社が祀られており、拝殿に掲げられている絵馬も豊富で、「神世の神話話」なども含め、武家風俗作品を中心に三十一面を数えます。


拝殿

早速、社殿を・・・
いつものように、左回りで・・・
手前の石燈籠は、文政十三(1830)の文字が読める
      

左面、妻飾り

木鼻群 尾垂木からの龍頭も・・・

      真横から 


左脇障子・・・



正面撮影にこだわり、SONY-RX100のレンズを高欄の間に差し込み、パチリです


右面へ回り込み・・・

木鼻群 尾垂木からの龍頭も・・・

 

       右脇障子



前出、右脇障子
正面撮影にこだわり、SONY-RX100のレンズを高欄の間に差し込み、パチリです


唐破風 上には龍らしきもの、下は、唐獅子か?
なにせ、角度が難しい・・・

身社、木鼻と蟇股・・・ 蟇股は親子の猿ですね


       社殿両脇に座する、狛犬君

      石工 新□良作 と、読めます

拝殿に掲げられている絵馬・・・
「神世の神話話」なども含め、武家風俗作品を中心に三十一面を数えるとある・・・



境内社

       巨木です


鹿子神社、笠形山
笠形山、もう一度登ってみたいが、無理ですね

今回は、脇障子の見事さを教えていただきました
その数日後に越知川に我が家の飲料水を汲みにまいりましたので、鹿子神社へと・・・
鹿子神社へのルートは、いつもの水汲みルートの1本西の道を通過し迂回すれば、社頭へ、水汲みルートとは、ほぼ同じです
上写真の案内の笠形山の方向へ向かうと、由緒に記されている「荒田神社」へ出るのです

ここ鹿子神社、記憶にあります
なぜか、参拝した記録がありません
その時、なにかあったと思うのですが、思い出せませんね

しかし、紹介されたとなれば、なにか縁があったと思っています
ただ、水汲み、嫁同伴、「α君」の車内で待機、そのため、撮影に要する時間は、極力短く、10分で終わりました
また、ゆっくり、撮影にきましょう・・・

先日教えていただいた、新発見、中井権次一統の足跡、貴船神社近く・・・
その貴船神社を教えてくれた方から、今回の鹿子神社を教えていただきました

・・・感謝です・・・












2020年3月29日

天神社・・・兵庫県多可郡多可町中区徳畑471-1

兵庫県多可郡多可町中区徳畑471-1、天神社(徳畑天神社)を訪ねました

多可町八千代区の貴船神社へ向かうべく、県道295線を選択 
多可町は、よく走るのですが、県道295線、翠明湖を通るのは初めてです
その翠明湖の付近に案内板があり、天神社へ0.8kmとか表示されています
そうなんです、天神社は知りません
翠明湖を散策するつもりでしたが、ここは、素通りはできません
まずは、天神社へ・・・



翠明湖は、兵庫県多可郡多可町中区糀屋にある糀屋ダムが仕出原川をせき止めてできたダム湖。
1991年に出来上がったもので面積87.3ha、貯水量は1,350万tあり、北播磨最大級の貯水池となっている・・・Wikipediaより引用

社頭

    立派な扁額ですね・・・
    ・・・獅子噛と鳳凰、木鼻までありますね


歴史街道 天神社

天神社は、久安年中(1145~)当時この辺りの領主であった源三位頼政が尊崇して、奥中熊野権現社十二座の内、天神三座を南方の大姫山に遷し、菅原道真公をお祀りしていましたが、文永四年(1267)二月火災で社殿が炎上してしまいました。
その時農夫久兵衛という人が、ご神体を火災から護り、同じ奥中の河原谷、東田の地に移し、その後、霊夢によって新宮別当供奉して、現在の徳畑・長尾谷に遷座しました。
現在は天神郷四ヵ村の氏神となっています。
例年「天神祭」として、盛大に祭礼が行われ、当日は神輿が出て、氏子の屋台が打ち揃っての奉納は豪壮です

参道


境内

主祭神:高皇産靈神 
配祀神:天御中主命 神皇産靈神 菅原道真


拝殿内

天神社沿革
現在の社殿は、明和二(1765)火災にて、再建とある

お化粧直しされたのか・・・ややビックリ!



       左脇障子 木鼻、尾垂木からの竜頭

       右脇障子


手挟み、木鼻、尾垂木からの竜頭

       境内社  素戔嗚尊

       境内社  大己貴命

       広いです


手水鉢  享和二(1802)と読める そして、梅鉢紋も・・・


       元文三(1738)と読める


社務所?

通行する県道295号線も初めて、翠明湖も初めて、まして、天神社、知りませんでした
お祭りが、それは豪壮なものと、あります

社殿の彫刻も見事なもので、銘は見つかりませんでした
そして、資料がみつからない・・・引き続き、調べてみましょう