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2020年6月24日

中井権次一統の足跡 春日神社、兵庫県加東市上滝野915-1

中井権次一統の足跡を巡っています
兵庫県加東市上滝野915-1、春日神社です


御祭神は、経津主命、武甕槌命、天児屋根命、比咩大神
創建の由緒は、山十三代推古天皇即位二年(594年)法道仙人が当地で修行のとき、五峰山光明寺を開き、また、麓に光明寺の守護神として神社を造営するよう神託を受け、創立されたのが当社と伝えられています。
延宝三年(1675)に本殿、享保十二年(1727)に、幣殿、拝殿が再建され、明治七年二月郷社に列せられています。
大正二年に下滝野の金刀比羅神社、稲荷神社、新宮神宮、角ノ神社を当社に合祀したと、ある
・・・案内板より一部引用


社頭


拝殿

拝殿の紅梁・・・龍です

龍の背面・・・刻銘です
丹波氷上郡柏原町 八代目 中井権次橘正胤と、はっきり見えます
今回で、三度目の参拝です
前回は、ご祈祷中で、拝殿前でパチリして、帰りました


拝殿奥・・・蟇股

幣殿から本殿を・・・

左脇障子

左妻飾り

       右脇障子


       お顔はみえません



境内社

三度目にして、初めて、刻銘の文字が読める撮影ができました
最近、刻銘を探し求めている私がいます
刻銘をみないと、中井権次一統の足跡と認定できず、推定になります故・・・








2020年4月21日

中井権次一統の足跡 正覚寺、兵庫県丹波市春日町中山1217

中井権次一統の足跡を巡っています 
第二版中井権次一統作品集 丹波市No46 兵庫県丹波市春日町中山1217、正覚寺です

やはり寺院の太い梁上の龍は、見事です

前回の参拝は、2016年6月でした


見事な桜が楽しませてくれました


山号 無量山
旧大路村中山集落にある浄土宗の名刹である

本堂
・・・明治三十九年に雷火より焼失、大正五年に再建とある・・・

見事です





龍の背面に銘が・・・「本郡柏原町住 彫刻師 八代目 中井権次正胤」橘の文字はない!

木鼻
・・・左右の阿吽の唐獅子と獏・・・

木鼻




右の山は、三尾山(桜でちと、頂上が隠れているが・・)

三尾山は、戦国時代の黒井城主荻野(赤井)悪右衛門直正の実弟、赤井刑部幸家が築いた居城、三尾城址が残る・・・
三尾城、黒井城、八上城、鐘ヶ坂上、金山城など、大河ドラマで明智光秀の丹波攻めで登場するかも?
楽しみです

鐘楼と山門

2016年参拝の折には、ご高齢の住職?さんが、「ゆっくり見ていかれなされ」と、お声かけていただきました
あれから、4年が過ぎました、お元気でしょうかね?
大変印象深い出会いでしたから・・・龍を拝見しながら、つい思い出しまして!


追記:この記事中の写真撮影日は緊急事態宣言発令以前の撮影分です






2020年4月13日

中井権次一統の足跡 稲荷神社、兵庫県丹波市氷上町桟敷50

中井権次一統の足跡を巡っています 
中井権次一統作品集 丹波市No20 兵庫県丹波市氷上町桟敷50、稲荷神社です

桟敷古墳群・・・稲荷神社背後の丘陵尾根先端に所在する古墳群があるらしい
そして、神社側より踏査可能とも研究者さんの記述がありますが、場所不明です


       社頭

       参道・・・なかなか?の石段です
       左の石燈籠には、文久二年(1862)と、刻まれている

境内です

主祭神 :倉稲魂命 
由 緒 :寛延三年(1750)創立


向拝の龍
・・・残念ながら、頭部が無い! 
二ヶ所のほぞ穴がある パーツで構成されているのですね


木鼻

木鼻

木鼻


       左脇障子

       右脇障子

手挟み

舞殿

神輿 

手水鉢 慶應までは読めるが・・・


       降ります
       鳥居前、左は、グランドゴルフ場? 


彫刻には、銘は見つかりません
丹波新聞資料によれば、八代目中井権次正胤の彫り物と思考されるとあります
本来ならあるはず龍の頭部を想像し、全体を見れば、う~ん?と考えるのも、これまた、楽しいことです

果たして、龍の頭部は、なぜないのか? 何処に?
外れてしまい、行方不明? いや、運良く、境内を掃除など、管理されている氏子さんが発見して保管されていれば幸いです
もし、そうであれば、修復していただければ、うれしいですね
あくまでも、私の希望的観測ですが・・・・









2020年3月25日

中井権次一統の足跡 春日神社、兵庫県加東市上滝野915

中井権次一統の足跡を巡っています
中井権次一統作品集 播磨・摂津 No5 兵庫県加東市上滝野915、春日神社です


社頭

由緒

御祭神は、経津主命、武甕槌命、天児屋根命、比咩大神
創建の由緒は、山十三代推古天皇即位二年(594年)法道仙人が当地で修行のとき、五峰山光明寺を開き、また、麓に光明寺の守護神として神社を造営するよう神託を受け、創立されたのが当社と伝えられています。
延宝三年に本殿、享保十二年に幣殿、拝殿が再建され、明治七年二月郷社に列せられています。
大正二年に下滝野の金刀比羅神社、稲荷神社、新宮神宮、角ノ神社を当社に合祀した


車両安全祈願の皆様がおられ、宮司さんがお祓いをされておりました故、撮影は不可・・・

ということで、ズームで龍をパチリできました

さらに奥の梁上を・・・

見事な彫刻は、八代目青竜軒中井権次橘正胤です

手水鉢
・・・右側の手水鉢には、西龍野 氏子 弘化五年(1848)と、読めそうなんですが?


       鳥居前、石燈籠 明和五年(1768年)


       鳥居には、元禄十年(1697)とあります

先客がおられ、神聖な祈願中でしたので、非常識な写真撮影はできません
と、いうことで、出直しですね