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2017年8月25日

Nintendo Switch・・・我が家へ?

我が家に、Nintendo Switch が・・・
・・・実は、息子が東京から、帰省・・・その滞在中に暇つぶし用に持ってきたと・・・

私・・名前は知っていましたが、全くゲームと云うものに興味がありません・・・
写真下のゲームの名前さえ、わかりません・・・

しかし、品切れ状態・・・偶然にも、新聞、ヨドバシカメラで、予約順番待ち・・って!
息子は、7月に購入したらしいが・・・(^_^;)

とりあえず、目新しい機器は大好きなので、どんなものか、動かしてもらいました・・・

・・・息子・・・ええぇ?・・動かすの! 嫌な顔していましたが、そこは、一宿一飯の恩義で・・(*^_^*)

本体の赤、緑の部分が外れて、コントローラーになるらしい・・・?
・・・Nintendo Switch 本体・・・
Nintendo Switch ドック・・・これに差し込んで・・・HDMIケーブルで・・・
HDMIケーブルで、TVのHDMI入力に接続するらしい・・・

いやいや、なかなか、凄いすね! プレステ4とか、XBoxとか、あるのでしょうけど、ただ、ゲーマーが、プレイしたいソフトで機種かわるのかなぁ? そんなことも知りません・・私!

任天堂のHPでは・・・

SWITCH&PLAY
ゲームライフをもっとアクティブに・・・
プレイヤーがゲーム機にあわせるのではなく、ゲーム機がプレイヤーの生活にあわせる時代へ

左右の「Joy-Con」をグリップに取り付ければ、一般的な形状のコントローラーになり、グリップから取りはずせば、それぞれが独立した「2つ」のコントローラーになります

テレビにつないで、子どもから大人までみんなで一緒に楽しめるので、友だち同士の集まりやホームパーティなどに最適です・・・ってよ!!

しかし、全く、心が動きません・・・


世間的には、任天堂の株式ですね
情報は・・・【買い】任天堂㈱(7974)ニンテンドースイッチの人気は衰え知らず、中長期的な成長に期待

・・・と、ありますが・・・さぁ、ね!!

ドローンで、世界を飛び回って、観光できて、その地点に着陸できるデータの入っている、ソフトって、ないのかなぁ?



いやはや、TVもスマホのゲームのCMの多いこと・・・・

しかし、こんなことばかりしてたらね・・・いやはや、、世も末ですねぁ・・(涙)










2017年8月24日

経王寺・・・中井権次一統の足跡を巡って・・・兵庫県豊岡市出石町下谷

中井権次一統の足跡を巡って、兵庫県豊岡市を走っています・・
前回の石部神社から、僅かな距離・・経王寺にやってきました・・・出石高校の前!!

櫓のような、構えですね・・・高櫓形式の鐘楼!

経王寺・・出石城の東北麓、京街道の丹波側の街道口に位置する
石垣の構えで山門横には挟間を有する高櫓形式の鐘楼が設けられており、これらの構造から戦時の塞の役割を担っていたと考えられている。
現在の伽藍は江戸時代天保年間に全山焼失し、直ぐ再建されて以降のものである・・・Wikipediaより引用

日蓮宗 一乗山 経王寺・・・
山門をくぐって・・・よき光景の境内ですね・・・
参道の石段に並んでいる陶器は、境内に陶芸の工房があり、当山の住職が陶磁器を製作したものらしい・・・



経王寺概要・・・
経王寺の創建は永禄年間(1558~70)、法音院日道律師が開いたのが始まりと伝えられています。
当初は薬王寺と称し、真言宗の寺院でしたが江戸時代初期に日道律師がこの地を訪れると当時の住職が教化され日蓮宗に改宗し寺号を経王寺に改称しています。
歴代出石藩主から帰依され寺領の寄進など行われ元禄十年(1697)には当時の藩主松平家の菩提寺となっています。宝永三年(1706)には上田城(長野県上田市)から移封し出石藩主となった仙石政明が菩提寺に定め、歴代仙石家の位牌が安置されることになりました。
現在の堂宇は天保年間(1830~43)の火災後に再建されたもので、特に境内が京街道の丹波口にあたる為、鐘楼が城郭の櫓風の仕様になっています。
境内には出石藩4代藩主仙石久行のほか、奥方や子供、家臣などの墓碑や仙石家縁の品々が寺宝として伝わっています・・・
・・・・Wikipediaより引用

本堂・・
中井権次作品集では、彫刻は中井権次正次と思われるとある・・・
・・・本堂の柱に貼ってある、黄色の紙に赤丸、黒丸の標的なようなものは・・なんでしょうか?
本堂内には、龍などの彫物が欄間にあるようですが・・・(>_<)
う~ん! 新旧賽銭箱・・・



寺院では、中井権次一統の足跡は、本堂内の欄間とかにあるのですが、わざわざ、ピンポンと押して、見せて下さい…というのは、基本、いたしません・・・

なぜか?・・・色々ありますからね・・・突然、アポなしで行くわけですから寺院のご都合もありますので、当方が失礼なことをお願いしていることは重々承知な訳ですから・・・

勿論、どうぞどうぞ、招き入れていただき、茶まで、馳走になって寺院も数々あります…

堂内に入れない寺院の向拝の木鼻、蟇股など、中井権次一統の足跡が少しでも拝見できれば、それでよし!・・と、しています…

さぁ、出石市へ来たので、昼食に、名物、出石蕎麦を…と、思いきや? なんと、「P」満車…
そうか! 夏休みか!…これは、これは、止めました…(^^;)



参拝日:2017年8月18日










2017年8月23日

石部神社・・・兵庫県豊岡市出石町下谷62

兵庫県豊岡市出石町下谷62、石部神社です・・・
この石部神社は、出石城跡の東700mほどの出石町下谷、谷山川に沿って東西に走る、府道253号線の北側に鎮座しています

この石部神社には、ご神木の大ケヤキがあります・・・「ひょうごの巨樹・巨木100選」です・・(*^_^*)

鳥居右手の巨木の大ケヤキが緑一色で迎えてくれています・・・

「式内 石部神社」、左に「皇大神宮」と刻まれた社号標が建っています
石部神社の由緒

石部神社は、御祭神を「天日方奇日方命」と申して 延喜式神名帳(1100年前)に記載されている由緒のある神社です。
その神前には、ご神木の大ケヤキがそびえています。 この木の樹齢は一千年といわれ、幹の周囲は8m、高さ30mあります。
長年の風雪に堪えて幹には苔を帯びています。 「健康長寿」「幸福安全」を願って、昔から「幸の大ケヤキ」と呼ばれています。 境内には「皇大神宮」と「天満宮」がまつってあります。
・・・境内案内板より引用
境内・・・


但馬国式内石部神社御由緒略記
主祭神: 奇日方命
配祀神: 大山積神 大己貴神 大物主神 事代主命 健御名方命 高彦根命 瀧津彦命

創立年不詳
延喜式神名帳に登載される
天明年中(1781~1788)、谷山で大火が発生した際、時の城主仙石公が出馬され、当社頭で消火の指揮をとられたということである。火は折からの烈風に煽られて燃え拡がったところ、いかなる御神威か、社殿屋上より大雨が降り注ぎあたり一帯の火は消滅したと伝えられる。  現在の神殿は、昭和9年(1934)、一瀬粂吉氏により建立・・・御由緒略記より引用

本殿は、葦簀で周り囲まれ、望むこともできません
皇大神宮と、天満宮



           寛延元年(1748)とよめる・・・


     拝殿からみた、大ケヤキ
境内には県内でも数少ない神木「幸の大けや木」・・「ひょうごの巨樹・巨木100選」
・・・樹齢は一千年といわれ、幹の周囲は8m、高さ30m・・・


府道253号線の北側で、車幅狭く、全景が写真に入らない・・・


境内前の府道253号線は、旧京街道といわれ、出石城主が参勤交代の往復に列を正して社前にぬかずき、その無事を祈願されたと・・・

氏子の区分については、仙石城主の時代に城下を三分し、旧谷山川以北、出石川以東を石部神社とし、出石川以西を伊福部神社の氏子と定めた記載がありますと・・御由緒略記より引用

そう、この後、参拝予定の、中井権次一統の足跡、伊福部神社のことですね・・・

一宮神社、ケヤキの森の大ケヤキ、そして、石部神社の幸ケヤキ・・・いや、ケヤキ大好き人間としては、なんと、幸せな時を過ごしたことでしょうか・・・(*^_^*)


参拝日:2017年8月14日