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2022年1月9日

金刀比羅神社、中井権次一統の足跡かも・・・兵庫県豊岡市日高町宵田

前回の荒神社、本殿右手の境内社、金刀比羅神社です
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2022/01/blog-post.html


荒神社、社頭です

        覆屋内に社があります

金刀比羅神社
兎の毛通

水引紅梁中備の龍、ふところは、唐獅子か?
中井権次一統の足跡の足跡の匂いであふれていますね!

木鼻



持送り

持送り

手挟み

手挟み

        左、脇障子

        右、脇障子


       身舎前の狛犬
       「大正五年」と、ありますね

        狛犬


       なかなかの鬣ですね

小さな社ですが、中井権次一統の足跡の匂いであふれています
しかし、銘は見つかりませんでした
おそらく、中井言次君音ではないかとの情報ですが、あえて、このページに記しました













2022年1月8日

荒神社・・・兵庫県豊岡市日高町宵田です

兵庫県豊岡市日高町宵田、荒神社です

国道482号線、但馬日高郵便局の信号を過ぎれば、荒神社の鳥居が道沿いにありますが、「P」しての撮影はできなかったので、Googleストリートビューのお力を拝借します
Googleストリートビューより


鳥居をくぐり、参道月当たりの円山川堤防まで進みます

社頭です
境内全景は、NikonZ7+24-70mmでは、入りませんので、Sharp aquos sense4 で・・・
逆光ですが、このスマホのカメラは、よく写ります

主祭神: 奥津比古神
配祀神: 奥津比売神 火結神                    
由 緒: 創立年月不詳
明治六年(1873)村社に列せられ大正五年(1916)本殿を再建せり


荒神社の雪避けは、黒色です

残念ながら、全く撮影ができません




八代目中井権次橘正胤の銘があると聞いてきましたが、これでは無理です
と、いうことで今回はここまで・・・

本殿、右手の境内社「金刀比羅社」をパチリします
詳細は、次回です










2022年1月6日

御井神社・・ 兵庫県豊岡市日高町土居228

兵庫県豊岡市日高町土居228、御井神社です

ここ、御井神社の彫刻が、中井権次一統の足跡ではないかとの情報を得ましたので、やってきました

社頭です
一番に「おっ!」と思ったのが、社殿ではなく、この建物!

まず、社殿から・・・

社殿

主祭神: 御井神
配祀神: 菅原道真                     
由 緒: 創立年月不詳にして延喜式の制小社に列し近世天満宮と崇めしも明治三年(1870)御井神社と改称す
明治6年(1873)10月村社に列せらる。


天満宮と称していたためなのか、社殿の屋根には梅鉢紋がみられる
扁額は天満宮


中井権次一統の足跡ではないかといわれる、彫刻・・・

水引虹梁上、中備に龍
ふところには、獅子噛

木鼻



        右、脇障子

左、脇障子

       狛犬 



さぁ、この建物は?
舞殿と思われるが・・・

梁上に、梅鉢紋

上、見上げれば・・・
見張り台?、火の見櫓? まぁ、そのような役目と想像します
木組みみれば、後付けではないように思えるますが・・・如何に?

社殿の彫刻、獅子噛み、龍、木鼻、みれば、中井権次一統の足跡の匂いがプンプンします

果たして、中井権次一統の足跡でしょうか?
う~ん? 難しいですね!









2022年1月3日

楯石神社鳥居横のお堂・・・兵庫県豊岡市日高町祢布字城山446

兵庫県豊岡市日高町祢布字城山446 楯石神社、鳥居横のお堂です
前回の楯石神社の詳細の続きです
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2022/01/446.html

この日、迎春の飾り付けを村人さんたちが集まり作業を行っていました
そこを、お邪魔しないように、一礼して、急な石段を上がっていき参拝いたしました

そして、裏参道を降りてきて、このお堂について、お聞きすると・・・
それはそれは、ご親切に接していただきました

しかし、このお堂については、詳細は不明
・・俺が子供のころからあったぞ!
・・踊りも踊っていたぞ!

写真撮っていいですか?
・・ええぞ! 

このお堂の姿は、写真撮っていません(忘れました)
で、Google ストリートビューより拝借いたしました

この鳥居の側にあります

楯石神社、氏子総代のお方とお話できました
・・お堂内の社殿は見てくれましたか?
はい、拝見しました、なかなか立派なものですね
・・昔、この付近に祀られたものを持ってきたらしい

由緒に、明和七年(1770)及び安政6年(1859)に本殿を建立し、その間 弘化二年(1845)十二所権現、若王子権現を合祀とあるので、そのことか?


で、この石段は何段ですか?
・・・鳥居から数えて、132段
・・・中、高校生が、駆け上がり、駆け下りてきて、運動しているよ


お話させていただいた方の年齢から、その親も想像するに100年前は確かです
   
        左、厨子

厨子は痛みが激しいですが、なかなかのものようです
保護している金網の穴から、お顔をパチリ・・・
        右、厨子



金箔を施されているようで、随所に金色が見えます
厨子も仏様も痛みが激しいので、なにか対策されたらいいのですが?・・
・・神社はお金がない、修復、保全対策が難しい


ほんと、ご親切に接していただき、たいへんうれしい時間を過ごさせていただきました
皆さん・・・お心、暖かい方ばかりでした!
また、伺いたいですね










2022年1月2日

楯石神社・・兵庫県豊岡市日高町祢布字城山446

兵庫県豊岡市日高町祢布字城山446 楯石神社です

この日、迎春の飾り付けを村人さんたちが集まり作業を行っていました
そこを、お邪魔しないように、一礼して、急な石段を上がっていきました
おそらく、「あいつ誰や?」と、思われたのでは、ないでしょうか?

        社頭です
        ・・・立派な門松です・・・ 



途中の踊り場から見上げます
少々、息が上がっています
        
        手水舎

        手水舎横の石燈籠

        萬延二年(1861)

   ・・・萬延という元号、僅か二年だけなので、なかなかお目にかかれないです


手水舎付近より階段見下ろせば・・・
・・・眼下という表現が出てくる、急な石段です  恐ろしい!      

由緒

祭神:武甕槌命 経津主命 武御名方命
創立年月不詳
初め字祢布谷にあり 其の地に高さ一丈、周囲一丈三尺余の大石が屹立していて立石大明神と称した
本地に遷って明和七年(1770)及び安政6年(1859)に本殿を建立し、その間弘化二年(1845)十二所権現、若王子権現を合祀して社名を楯石神社とした
明治六年(1873)10月村社に列し、同三十年(1897)本殿の屋根替え施工、平成八年(1996)裏参道を整備、同十三年鳥居二基を再建した
なお、境内に稲荷社、八坂社、八代社、三柱社の四社を祀る


本殿、覆屋

覆屋の戸を開けて、拝見いたしました
三社一構図に入りませんので、Sharp aquos sense4で・・・
Sharp aquos sense4でパチリ


中央社殿

左社殿

右社殿

境内社
・・左から、八代社、中央、稲荷社、八坂社 右、三柱社

裏参道

山の上の社殿には、裏参道があるようです
裏参道から上がってきたのでしょう、軽トラが停まっていますが、人の気配はなかったです

しかし、この裏参道が先日の雪で、べちゃべちゃで、ズルズル滑ります
石段のほうが、良かったかも!

この古社、社殿の彫刻は、銘無いが、中井言次君音と丈五郎か?と、いう情報もあります
今後の調査しだいで、中井権次一統の世界に登録しますが、今回は、当ページに記します