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2023年8月3日

兵庫県丹波市立市島民俗資料館を訪ねます

狛犬、彫刻などで、ご指導いただいている先生が在所されていると聞き、丹波市立市島民俗資料館を訪ねました
この地は、何度かきましたが、資料館は初めてです
常時、開館しているわけではありません


さぁ、入りましょう

いきなり、見事な神輿!
本来の発掘資料展は、後回しです


三宮神社の由来と神輿
現在の三宮神社は高野神社(寺内)、日附神社(樽井)九日神社(樽井)その三社を明治四十三年七日の神社統合祀命達令の主旨に従い大正三年に現在の神城に合祀された社です、 その昔 毎年九月二十八日の秋の祭礼には三竹田(上、中、下竹田)の九社から神輿が大森 一宮神社へ渡御し合同祭事が行われてました
各宮からの渡御には大名行列をのばせる「先払」「先箱」「奴」等の供揃いしかく豪壮華麗、??たる九基の神輿が勢揃いは秋色濃い丹波路に小波路に三丹一の「竹田祭り」として賑わいました。 この神輿は九日神社から当時の祭礼に?御したものであり文久九年(一八一二年)に製作された長い歴史をもつ貴重な文化財です



先生が、神輿の底に銘が書かれていますよ!と、言われまして…
バリアングルで、神輿の底へレンズを潜らせて、ここは感で、パチリ!
やや手振れ?でしたね
文化十二七月吉日
木地塗箔新調 細工人 京?屋町四條上町 竹内平四郎

金物細工人 三條通油小路西に入町 鍩屋嘉兵衛



      背面

蟇股(神輿も蟇股っていうのかなぁ?)

神輿の各々部位に名称があるのでしょうね


見事な彫金ですね

この一点一点の鏨での細工は見ていても圧巻です



いいね~ 獅子

手にもって頂いたもの激写? 接写!

神輿、頭部の鳳凰



神輿!
この神輿は、京都のある神社から譲り受けたもののようで、その金額は…
「金220両」だったと…多分、そう聞いたと思います、うる覚えです
調べてみました、現代でいえば、一両=約75000円ぐらいと仮定して…
220×75000=16,500,000円 と、なるようです
その大金を出してでも譲り受ける由緒ある、そして価値のある見事な神輿ということです

機会があれば、また行って細部まで、撮影したいと思います

いや~ いいものを見せていただきました

文化財にはならないのかなぁ?








2023年8月2日

県指定文化財 大芋神社 明神鳥居です

兵庫県加東市上田783 大芋神社の参道に立つ、県指定文化財、大芋神社明神鳥居です
寛永二年(1625) に建立されたとあります
江戸時代初期ですから、すごい年月を経過するも倒れず、立っているのですね

大芋神社は、正保元年(1644)に屋根葺き替えが由緒書きにあるのでその時期ですね


県指定文化財 大芋神社 明神鳥居
指定年月日  昭和47年3月24日
所有者 大芋神社

高さ2.43m、 柱の真心は2.55mを測る高室石 (加西市産) 製の鳥居で、 大芋神社参道の東方に 建立されている。
柱は内転びがあり、 木割は比較的太く、 隅丸の方柱状を呈している。
全体的に細かいノミで 仕上げられているが、刻書の部分は平滑に仕上げられている。
額束に「大芋大明神」とあるほか、左右の柱 にある刻書から、寛永2年(1625) 上田・野村・ 仁我井 (現-福吉) 三ヶ村の氏子らによって建立 されたことがわかる。
本例は、江戸時代初期の石鳥居の形態をよく留めており貴重であるといえる。
なお、 平成5年に解体修理が行われた。      加東市教育委員会




額束に「大芋大明神」

        左柱
                            大本願石井与左衛門尉和氣究丸口家  
                            干時寬永二 乙丑 八月吉日大工久衛門 敬白



                     右柱

                                               口口石井喜兵衛
                              奉建立石鳥居惣氏子中
                                              同野村   口左衛門
                                              同仁我井村二郎左衛門



大芋神社側から・・・
逆光になりましたね(未熟)

残念ながら、刻書は、わかりません、判別不可でした
触ってみても、無理・・・風化ですね

でも、立っていることに意義がありますね


鳥居と云えば、酒滴神社石造鳥居(兵庫県指定重要文化財) 応永二年(1395)建立
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2022/04/blog-post_02.html

もう一つ、波豆八幡神社 鳥居(県指定重要文化財) 室町時代、応永三十二年(1425)建立
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2019/07/2.html

これ・・・お気に入りです
ここ、大芋神社、明神鳥居もお気に入り仲間に入りますね・・・


























2023年8月1日

7月の神社探訪・・・兵庫県加東市上田、大芋神社、本殿彫刻は中川利兵衛の世界です 

7月の神社探訪・・・兵庫県加東市上田、大芋神社です

ここ大芋神社の本殿彫刻は中川利兵衛の世界です


隨神門(切妻造 桧皮葺)

隨神門の蛙股の彫刻は鳥よけ網でよく見えませんが、獅子親子ですね

由緒書
大芋神社
社町上田七八三番地
祭神 天照大神 豊岩窓命 櫛岩窓命 合祀大歳神

由緒

文治二年(一一八六)、紀州熊野より若王権現を迎え祭り、一社を創立したのが初めと伝えている。
貞和二年(一三四六)になって、丹波多記郡大芋村(現篠山町)の櫛岩窓神社の分霊を祭り、大芋大明神の社殿を造立したという。 
社殿は、その後、文和三年(一三五四)、応永八年(一四〇一)、文明十五年(一四八三)永禄十年(一五六七)。正保元年(一六四四)に屋根替えをし、正徳元年(一七一一)大破のあと、再造営された。 
文化元年(一八〇四)、その社殿は惜しくも焼失したが、同四年 (一八〇七)三月、ふたたび社殿の復興をみた、今の社殿がそれである
明治七年(一八七四)二月、村社に列せられ、明治四十一年(一九〇八) 一月、無格社大蔵神社を合祀した。

「異説」
寛文年中(一六六一~七二)、丹波・櫛岩窓神社の神額が満水氾濫の止め流失、上田村に留まったのを村人は霊端露となし、祠殿を造り大芋神社と称し崇敬したという。(櫛岩窓神社由緒書)

「営造物」
 本殿(三間社流造 桧皮茸) 拝殿(入母屋造 瓦葺)  隨神門(切妻造 桧皮葺)
手水舎 石神 石鳥居等

「氏子」 社町上田・福吉・野村


拝殿 (入母屋造 瓦葺) 

本殿(三間社流造 桧皮茸)

向拝、梁間の彫刻

なかなか見応えがありますが、なにせ撮影角度が難しい!

木鼻

手挟み

左面



      左脇障子、背面
      この右下隅に刻銘があります


彫刻師 大坂 中川利兵衛 藤原定八
先人は、中川利兵衛 藤原定八(水)と記しているが?


       右脇障子背面

右面



手挟み

木鼻

隙間から本殿前の狛犬と石灯籠(文化八年・1811)



桁隠し

神社前で見つけたマンフォール
・旧社町の町の鳥メジロと町の花ヒラドツツジをデザインしたもの

この大芋神社の撮影のため、二度訪れました
一度目は夕方で、本殿背面が西、そのため、本殿が暗く写真は撮影できたのですが・・・
そして、二度目は午前中、お昼前で、思惑どうり、撮影できました
拝殿の屋根の陰で分かりますが、太陽は真上ですね
やはり、神社撮影は、夕方はだめですね!


好きこそ、走り回りますね!
暑かったですがね


追記:由緒書に登場する、延喜式明神大社、櫛岩窓神社

もう一度、訪ねてみよう・・・


追記:コメントをいただき、刻銘についてご指摘いただきました
刻銘は「中川利兵衛藤原定永」とのことです
知識不足が露呈いたしました