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2017年8月7日

稲崎神社・・中井権次一統の足跡を巡って・・京都府与謝野町石川

稲崎神社、京都府与謝野町石川・・中井権次一統の足跡を巡っています
2017年7月21日、与謝野町を巡ったのですが、稲崎神社、作品一覧には、掲載されていません
本家、HPより、発見して、再訪となった次第です

宮津市より、国道176号を南下すること、僅か・・・到着です
見た目、規模も、社殿も・・・普通かなぁ?・・と、思いながら参拝へ


鳥居・・・貫の左右に紋があります・・・

拝殿

拝殿内の由緒書
由緒:創始年代不詳
神徳:一切の食物を司り給う神

ご祭神:倉稲魂神(宇迦之御魂神)

神殿:入母屋造欅材屋根亜鉛葺千本鰹木付
拝殿:切妻造松檜材屋根瓦葺
大工棟梁:加悦町字算所 柴田為蔵・藤原正喬

彫刻師:丹波柏原 中井権次
                      ・・・境内由緒書より引用・・・



おおぉ・・・いや! 見事の一言ですね・・・う~ん! と、唸るだけです
完全に覆屋で護られているせいか、年代を感じさせない、あたかも近年に造られたような感じさえします

八代目、中井権次正胤の作とある・・・芸術です

海老虹梁ではないのですね

木鼻

左、脇障子
  ・・・応神天皇の土蜘蛛退治と

・・・・右の脇障子が・・・写真がない・・・あちゃ!


ふと、見上げれば、力神が梁を支えている

ズームで・・・眼力強く、左上を睨み・・・目尻は赤く、宝珠の先端も赤く、鮮やかです

板戸

規模は小さいけど、いやいや、見事しか言いようのない、社殿、彫刻です・・・芸術品ですね

今回は、写真、失敗しないように・・・万全?を期して、一枚一枚、設定確認して撮影しました
まずまずの写りで、ホッとしています

いままで、悩んできた、写真撮影・・やっと、こうすれば解像度の高い写真がとれることが習得できたようです
これで、心して、中井権次の作品を拝見できますし、備忘録にも残せます

Pentaxk3Ⅱ+18-135mm 捨てようかなぁと思ったくらいでしたからね・・・
・・・あんたが下手なだけや・・・ってね!



参拝日:2017年8月4日










桜山天満宮・・・中井権次一統の足跡を巡って・・京都府宮津市


中井権次一統の足跡を巡って・・京都府宮津市へ三度目です!!
事前調査不足? 作品集の一覧に掲載されていない、桜山天満宮を訪ねます・・・
しかし、本家のHPにはチャンと写真入りで、紹介されています
しかも、なんということでしょう・・・仏性寺の隣なのでした・・・アチャ!

仏性寺の山門脇に「P」して、歩いてと、思いきや、道路工事が始まり・・・退去を!!
社頭・・・
左から、右へ、一方通行・・・南より境内へ・・・「α君」がいてます・・m(_ _)m


拝殿・・・
・・・中門、本殿と・・・中門前には、「出雲構え獅子」が・・
天満宮、由緒・・・
古くより天神社・天満宮とよばれてきた
もとは社殿うしろの桜山にあったというが、その勧請年代は不詳
寛永年間(1624~1644)に宮津藩主京極高広が現地に再建したと伝えられる・・・中略・・・
ここに祀られる菅公神像は、もと豊臣秀吉が身辺に守護神としてもっていたものを、側室松の丸の手を経て、藩主京極高弘に贈られたもとと伝える
京極高広は境内地の一角に、田辺の円隆寺成就院より宥栄法印を招き成就院密厳寺を建てて天満宮の支配に任じた
・・・案内板より引用


追記:境内宝物館には、祭礼屋台などを収蔵している・・・

・・・宮津市芸屋台・・・
宮津市の10月の行事、和火が10月10日から12日まで行われるが、その中の1日だけ芸屋台「天神山」が公開されました。 その屋台の彫り物が中井権次正胤であることがわかりました。正胤は74歳で亡くなっていますので、まさにこの世に生を受けてからこの世を去る時まで彫物師だったようです・・・刻銘「兵庫氷上郡柏原町 彫刻師八代目 中井権次正胤 七十四翁作」
・・・中井権次作品集より、引用







残念なことに、刻銘は見当たらない、いや、背後にまわることさえできないので確認不可です・・・
・・・それに、中井権次作品集の記述によると「中井権次一統か?」とある・・・

まぁ、それはそれで、多分、中井権次一統の足跡であろうと、推測します・・・(*^_^*)


参拝日:2017年8月4日











2017年8月6日

仏性寺・・再訪、中井権次一統の足跡を巡って・・・京都府宮津市

2017年7月21日、中井権次一統の足跡を巡って、京都府宮津市の「仏性寺」を訪ねました・・・
しかし、カメラの設定か、撮影が、めちゃくちゃで、再訪して、撮影し直しと、さらに中井権次一統の足跡を巡ります・・・


今回は、福知山市から府道9号線の山越えで、宮津市へ入ります・・・
宮津市へは、今回で三度目・・同じルートは、つまらないので、府道9号線の山越えで・・・
府道9号線の山越えで、眼下に見えた眺望・・・宮津湾です・・・思わず、車内よりパチリです
・・・よき、天気ですが、予報では、最高気温、37度!! 警戒です・・・


前回は・・・2017年7月21日・・・
http://a-shi-a-to.blogspot.jp/2017/07/blog-post_30.html

到着です・・・
・・・前回、撮せなかった、通りからの山門の姿です・・・

今回は、失敗は許しませんので・・自分自身に言い聞かせていますが・・・(^^;)

向排・・・
龍・・・宝玉、金色が残っていますね・・・
前回、全く読めなかった、刻銘は・・・まずまず撮影成功です
彫物師 丹波 柏原住 六代目、中井権次橘正貞
細川の紋所「細川九曜」・・




山門を撮影していたら・・・
・・・観光ですか?・・と・・
はい、そんなところです・・・山門の彫刻を‥拝見してます
・・・ここは、歴史は古いのです、と、説明をいただきました・・

前回も同じように、刻銘の部分を教えていただきました・・・このお寺の檀家さんはやさしいですね!

・・・よかったら、本堂もお入り下さいと・・・案内いただきました・・・
ええぇ! いいのですか?
・・・どうぞ、どうぞ、浄土真宗は、開けた宗派ですから、遠慮せず・・と・・・

本堂・・・
・・・雨漏りしていましたが、屋根修復しました・・・と!

御本尊です・・・
資料とともに、ご説明いただきました・・・m(_ _)m
阿弥陀如来立・・・像鎌倉時代、本像は玉眼だけではなく、唇にも水晶をはめ、足裏には枘をつくらず、わざわざかかとの後ろに丸い棒状の枘を差し込んで、それによって台座に立てていると・・

写真右は、経蔵 土蔵造で龍の図天井絵があるとのこと・・恐らくそれであろう!

・・・ゆっくり、拝観して下さいと・・・

お言葉に甘えて、許可もいただいております故・・・写真も!

・・・格子折り上げ天井も所々、痛んでいますが・・・欄間の彫刻は見事です・・
・・・須弥壇、仏様は、基本、撮影しませんので・・、あれば、隠します・・・

【寺宝】 右・・襖絵(紙本彩色源氏物語澪標図)
天保年間(1830~43)のもので勤皇の画家といわれた佐藤正持のものである
宮津藩主本庄宗秀に抱えられていた、極彩色・大和絵風の画法で筆者の作品の中でも優れたものであると・・・
左・・襖絵(紙本彩色源氏物語澪標図)
本堂、手挟み・・・


聖徳太子堂・・・
本堂から山門を・・・

再訪して、山門を撮影しました・・
そして、ご親切に、檀家さんのお陰で、本堂内へも拝観ができました・・・
しかし、前回といい、今回といい、ご親切なお方ばかりで、「邪魔者扱いの空気感」の寺と大違い・・・

まぁ、すべてがそうではないが、うれしいことです・・・
最後に冷茶まで、馳走になり、厚く御礼申し上げ、失礼しました・・・m(_ _)m


参拝日:2017年8月4日